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みくちゃん(猫)が羨ましくなっちゃう妃ちゃん。

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空君にいっぱいヨシヨシされる猫ちゃんが羨ましくなっちゃう妃ちゃん。短編です。

そらきさ(とライトハウス周辺)色々ラクガキしてるので、なるべくお見せできる形にして公開していきたいですね!


「みくちゃ~ん♡ よちよち♡ 甘えたくなっちゃったの~?♡」
 猫なで声とはまさにこの事。デレデレと眉尻を下げて愛猫とイチャつく恋人を前にして、妃は少なからず……目のやり場に困っていた。
 
 本日空と妃は二人で空の家に帰宅し、夕食に鍋をつついてまったりと過ごしていた。翌日はオフという事でお泊まりは決定していて、実に穏やかな時間が流れるお家デート。デザートのアイスを食べたり、テレビのクイズバラエティの回答を予想し合ったりして、二人できゃっきゃと楽しそうに声を上げていると、空の飼い猫のみくが割り込んできたのである。
 空は猫好きな事も、家で飼っている事もメディアで公言していて、何なら「みくちゃんは彼女!」とまで豪語している。さすがに妃も猫相手に嫉妬の虫は疼かないため、空の溺愛ぶりを微笑ましく眺めていたし、家に何度もお邪魔するうちに自分にも少しずつ懐いてきてくれるのが嬉しくて、むしろ空と一緒になってみくの事を可愛がっていた。
 はずだった。
 
「みくちゃんはお耳が気持ちいいんだもんね~♡」
 みくは空の腕の中、赤ちゃんだっこのような形で身を預け、顔周りを撫でて貰ってご満悦だ。ごろごろと喉を鳴らす音が妃にまで聞こえてくる。
 空の指がみくの薄い耳をつまみ、擦り合わせるようにごしごしと扱く。猫は耳を触られたがらないイメージだが、みくはといえば気持ちよさそうに目を細めている。慣れた手つきで危なげがなく、二人、もとい一人と一匹は、日常的にこうしてコミュニケーションを取っている事が伺える。
「おーはーな♡ あははっ、すっごい濡れてる〜♡」
 それから指は顔の中央に回り、鼻梁を優しく往復し、鼻の頭をツンツンと突っついた。嬉しそうな表情のみくを、空もうっとりと眺めている。
「お口のはじっこも好きだよね♡」
 さらに口角からひげの生え際にかけて、指の腹でゆっくりと円を描けば、ひげをぺったり畳んだみくがソコソコとでも言うように喉を晒した。
「お首も見せてくれるの? こちょこちょしちゃうぞ〜♡」
 すかさず慣れた手つきで喉が掻かれ、みくがもっともっととオネダリするように首を伸ばす。可愛い肉球は空の腕をホールドし、止めないでとでも言っているかのようだ。これはなかなかの猫撫でテクニシャン。伊達に猫好きを名乗っていない。
(な……なんか……えっちじゃないですか空君……!?)
 しかし妃にとってはその手つきと表情と声音が、どうしても見てはいけない物のように思えて仕方なかった。視線がテレビ画面とみくを抱く空とをチラチラと往復し、手のひらが自らの膝を叩いて落ち着かない。
 ただ愛猫を可愛がっているだけだ。やましい事なんて何もない。だけど気持ちいい場所を器用に撫でる指先の動きは愛撫さながらで、愛情深く相手を見つめる瞳も傍から見ている妃の方が照れてしまうくらいだ。声色だけはどちらかといえば乳児を相手にしている類のものだが、それでも甘くて優しい声で「可愛いね」だの「大好きだよ」だの愛を囁いている事に変わりはない。そしてそれら全てに、ベッドの上で自分を抱く姿と重なり合う部分を見つけてしまう。今の妃はそういう状態だった
(うぅ……どうしよう……ヘンな気分になってきちゃったぁ……)
 図らずも胸が高鳴ってしまい、もじもじと膝を擦り合わせる妃。この二人の関係は、空から妃へのビッグラブでもあるのだが、妃から空への矢印も負けず劣らず、というよりそれ以上に大きいのだ。
 しかし妃を尻目にイチャイチャする空間にも、突如として終わりが訪れる。満足したのか一度ニャッと鳴いて身を起こしたみくは、後ろ足を伸ばしながら空の腕を降りていった。その後は今までの甘え方が嘘のように静かに猫ベッドに戻っていき、くるくると体を丸めて眠りだす。この絵にかいたような気まぐれ具合もいつもの事のようで、空は去っていくみくを眺めながら傷心した様子もなく笑いを零していた。
「みくちゃん、これやってあげると大満足で寝始めるんだよね~」
「っ! そ、そうなんだ……!」
「だから俺はこれを寝かしつけと呼んでいます」
「あ、あははっ、赤ちゃんみたいだね~」
 冗談めかして言う空にはもちろん下心なんて微塵もなくて、妙な想像をしていた妃は返事が少しぎこちなくなってしまった。だけどそんな恋人の様子には気づかなかったらしく、空は再度テレビ画面に視線を投げている。
「ねぇねぇ、さっきの答え結局何だった? よく聞いてなくて」
「あ、えっと……シャチって読むんだって」
「あ~~~! シャチかぁ! 俺ラッコかと思っちゃった」
 答え合わせをして無邪気に笑い、空が足を組み替える。と、その動きで互いの肩が軽くぶつかった。びくり。少しばかり大袈裟な動作で妃の体が跳ねる。
「あっ、ごめ……」
 痛かったのだろうかと、謝りかけた空の言葉が中途で途切れた。妃の頬はほんのりと赤らみ、足がもじもじと動いていて、明らかに先ほどまでとは様子が異なっていたからである。
「そ、空君、その……」
 妃が空に身を寄せる。
「わたしも、撫でてほしいな……」
 思わせぶりな動作で指同士が絡み合い、それから視線が交わった。長い睫毛の隙間から見える水色の瞳が、明らかに情欲に潤んでいる。
「え……!?」
 妃がなぜいきなりこうなったのかは、空目線では全く理解出来ていないのだが、とにかく恋人がえっちな気分になっているらしいという事は肌で感じた。勿論大歓迎だし、お泊まりの時点でそういう流れを期待していなかったと言えば嘘になるが、今しがたまでは特に色気もなく家族団欒のような時間を過ごしていたため、突然の変化に驚きはする。
「ど、どうしたの妃ちゃん、いきなり……」
 困惑しつつもそっと頭に手を伸ばし、遠慮がちな動作で撫でる空。手のひらに当たるつるつるとした髪の感触が気持ちいい。
「……だって、みくちゃんばっかりずるい」
 少しばかりむくれた表情で、妃がこてんと、空の肩に頭を預けた。
「私も空君に、いっぱい撫でられたいもん……♡」
(け……結婚しよーーーーー!!!!????)
 危なかった。今つまんでいるスナック菓子がもしポテコだったら、指輪に見立てて衝動的にプロポーズしていたかもしれない。というか猫相手に餅を膨らませるなんて可愛すぎるし、それを表現する言葉や仕草も強すぎる。こんな可愛い妬かれ方をされたら、空としては堪ったものではない。
「もうさぁ……妃ちゃんって顔が天才なのに中身まで可愛いのほんとズルいよね」
「ほんとにそう思ってくれてる?」
「うん」
「みくちゃんより?」
「……土俵が違うよ」
 空も妃の方へと頭を傾けて、桃色の髪を指に絡めて梳く。上から下へと流れる指先の動きに、妃がうっとりと瞼を下す。だがふとした拍子に空の爪が耳たぶを掠めると、ぴくりと震えた喉奥で、熱の籠った声が噛み殺された。それが合図だった。
 隣同士で座っていた妃の体を覆うように空が体勢を変え、そっと唇を押し付けた。無論妃にも拒む理由はなく、そのまま始まるバードキス。角度を変えながら徐々に口づけが深くなるにつれて、テレビから聞こえる大袈裟な笑い声と効果音がやかましく感じ始める。
 空が手探りでリモコンに手を伸ばし、ぷつんとテレビの電源を落とした。途端に部屋は静寂に包まれて、小さな息遣いと舌が絡む音だけが、二人の鼓膜を震わせる。
「妃ちゃんとみくちゃんが全然違うって分かってもらうために」
「んっ♡」
 キスが途切れたタイミングで、再度空の指先が妃の耳朶を撫でる。今度の嬌声は噛み殺される事なく、素直に鼻から抜けていった。
「今からいっぱい撫でてあげるね……♡」
 うっとりと自分を見下ろす空の表情に、油断ならない物が宿ったのを感じて、妃がこくりと喉を鳴らした。
 猫を相手にしていた時には感じられなかった、色気と男っぽさが垣間見える瞬間。この特別な表情が、妃は大好きなのだ。

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