仲良し三人組小話(付き合ってないそらきさ)
怒涛のそらきさ失礼します!!年末年始のラクガキが溜まっております!
妃ちゃんと明歌音ちゃんが、空君の剣道の大会をコッソリ応援しに行く小説です。ただただ空君がお姉ちゃん二人に見守られるだけの、ハイパー仲良し微笑ま小話です。
空君は身の周り全員をお兄ちゃんお姉ちゃんにして、い~っぱい可愛がられて育って欲しいです。
(あと袴って腰の横からスッて手を入れたくなりますよね)
「きぃちゃ~ん!」
事務所での用事を済ませ、帰宅しようとしていた妃を呼び止める活発な声。出所に目をやれば、同じグループで活動するメンバーの星野明歌音が手を振っていた。何だろうと近づいていくと、ぴらりと一枚のチラシが取り出される。
「これ、一緒に見に行かない?」
「……剣道の大会?」
全国高等学校剣道大会、という題字と共に、場所や日程が記されている。いまいちピンときていない妃の様子に、明歌音はむふふ笑みを零す。
「僕の仲良しの後輩が出るらしくって、見に来てって誘われたの」
「凄いね。卒業してからも付き合いがあるなんて」
「うん。でさ……この日に何と、空の高校も出るらしいのです~!」
「!」
何故自分が誘われたのか分からない様子で話を聞いていた妃が、その一言で表情を変えた。
空が剣道部なのは勿論知っているし、世間話として大会が近い事を聞いたり、レッスンと部活動の両立が忙しそうな様子は見ていたが、具体的にいつどこで大会があるのかにまで話題が及ぶ事はなかった。自分達も段々と部活動から足が遠のき始める時期でもあるため、応援しに行ってみたいな、という気持ちも湧いていたのだが、部活は芸能活動とは無関係のいわば空のプライベート。仕事仲間でもある自分がそこまで踏み込んでいくのは何だか違う気がして、口には出せず仕舞いだった。
「私も行っていいの!?」
「勿論勿論! 他ならぬきぃちゃんのためですから~」
「ありがとう!」
感激した様子の妃が明歌音を力いっぱい抱きしめる。柔らかいおっぱいが密着し、明歌音は密かに満足げな表情を見せた。
「じゃあ、この日の朝九時、会場前集合でいい?」
「うん、分かった!」
当日待ち合わせの体育館に向かうと、明歌音は顔を一切隠す気が無いカラフルな私服姿だった。可愛らしい顔立ちと自然と目を引く華やかさに、早くも周囲の高校生の視線を集めてしまっている。妃はどっと冷や汗を噴き出した。
「明歌音ちゃん!? バレちゃうよ!?」
「大丈夫だよ~。バレないバレない。バレたらそれだけ僕達が有名になったって事じゃん」
「そ、そうだけども!」
歌唱力の高さからソロの仕事も多く、グループ内で一番知名度があるのは他でもない明歌音である。妃も今日は自分のためというより、明歌音のために一応眼鏡と帽子で最低限変装しているのに、当の本人はいつまで経っても顔を晒す事に無頓着。バレたらバレたでファンサすればいいだけだよ♡ というスタンスだ。
「じゃあきぃちゃん行こっ。僕後輩ちゃんに挨拶もしたいんだ~」
心配をよそに、妃の手を引いて意気揚々と歩き出す明歌音。この天才故の大らかさは、どうも我らが事務所社長に通ずるものがあると妃は常々思っている。将来は絶対に大物になる。
試合は午前が女子の部で、午後が男子の部。という事で、午前中は明歌音の後輩を一緒になって応援した。妃は剣道の試合を見たのは初めてに近いのだが、一瞬の隙をモノにする競技といった様子で、なかなか緊迫感があってカッコいい。鍔迫り合いを見ているとこちらまでじりじりするし、有効打が打ち込まれた瞬間なんて興奮で体が熱くなる。
ちなみに紹介された明歌音の後輩はショートカットが似合うクールビューティーで、立ち居振る舞いも含めていかにも女の子にモテそうなイケメン女子だった。明歌音以外にも女子の応援が何人も来ているようで、それら全てに分け隔てなく対応している様子がまた人気を誘っているのだろう。
その後昼休憩が挟まれて、二人も近所のコンビニで買ったご飯を食べていると、会場にも徐々に男子生徒の姿が目立つようになってきた。
体育館の中で、目は自然と空の姿を探してしまう。とはいえ男女の入れ替えで人の往来が激しく、さらにいくつもの高校が集まっているこの状況。中々それらしい姿は見つからない。
「あっ、きいちゃん、居たよ!」
と、妃の肩を叩きながら明歌音が一方を指さした。遅れてそちらに目をやると、見慣れた青い髪が視界に入った。
初めて目にする袴姿にどきりと胸が跳ねる。髪はきつく三つ編みに纏め、前髪も全て後ろに流し、試合前の緊張感のある表情も含めて、いつもの空とは全く違う雰囲気だ。
「わぁ~、空ってばいつもと全然違ってカッコいいね~」
「う、うん……」
妃の心情を代弁するように、明歌音がにまにまと耳打ち。妃もしおらしくその言葉に同調した。明歌音は明歌音で、頬を染めてもじもじする妃を見て楽しんでいるようだ。
だがいざ勝負が始まると、女子の時とは明らかに一打の重みも気迫も違う試合運びに、二人揃って気圧される事になる。そりゃそうだ。昔は剣で斬られて人が死んでいたのだ。浮ついた事など言っていられる空気ではない。
試合は団体戦。一般的な五人制で、先に三人勝った方の勝利となる。
先ほど明歌音の後輩から聞いた話では、相手はかなりの強豪校らしい。その前評判通り、空の高校は先鋒、次鋒が立て続けに敗れ、完全に相手のペースに持ち込まれてしまっていた。ここで負ければ敗退、という大事な場面で出番が回ってきたのが、中堅の空である。
「あ、明歌音ちゃん、これ、大丈夫かなぁ……?」
「だ、大丈夫、なはず! 多分! きっと!」
妃も明歌音も、手に汗握ってハラハラと状況を見守っている。成長した今でも、二人にとって心のどこかに「空は守るべき弟分」という気持ちが残っている。こんなプレッシャーのかかる局面に立たされて大丈夫なのだろうかと、気分はもはや保護者サイドのそれである。
(……あ……)
しかし、面をつける直前の空の目を見て、妃の認識が覆る。
二人の心配とは裏腹に、空はどこまでも冷静だった。普段は柔らかい蜂蜜色の瞳が、今は鋭く、静かに、相手を見据えている。
(そっか、そうだよね……)
芸能活動においても、不測の事態で周囲がパニックに陥ったり、逆にお葬式のような空気になっている時ほど、決まって空だけは冷静で、信じられない程に肝が据わった様子を見せてくる。そしてそういう時の空は精神的支柱となり、事態をどうにかさせてしまうのだ。
(頑張れ、頑張れ! 空君ならいける!)
空の気持ちが負けていないのに、応援する自分達が心配ばかりしていては申し訳が立たない。妃は胸の前で握りこぶしを作り、心の底からエールを送った。ふと隣を見ると明歌音も空の様子に気付いたようで、力強く頷き返される。
表情が防具で隠れる。相手と向かい合い、礼をして、審判の合図で試合が始まった。
結果試合は空の勝利。序盤で取った一本を、最後まで守り抜いたのだ。
「凄い! 凄いね!」
「さっすが僕達の弟!! やる時はやるじゃ~ん!!」
二人で手を叩き合って喜ぶ妃と明歌音。蹲踞し、刀を収め、戻った空は部員達にもみくちゃにされていた。先ほどまでのずっしりと重たい空気はもう無い。
その後変わった流れをモノにした副将も勝利を収め、勝負は大将戦へ。時間内には有効打もなく延長戦まで縺れ込んだのだが、惜しくも空の高校が敗北を喫する事となった。
白熱した試合展開に興奮冷めやらぬ妃と明歌音は急いで二階の観客席を降り、空が居る一団へと近づいていく。
「そーらー!」
明歌音のよく通る声は、人混みの中でも容易く空の耳に届いたらしい。俯きがちに歩いていた彼の瞳が二人を捉え、瞬く間に表情が驚きに彩られていく。
「……えっ!? 妃ちゃん、明歌音!? 何で居るの!?」
部員達から離れた空が二人の下へと駆け寄っていく。その背後では剣道部の男子諸君が、何やら空の知り合いの女子が来ているらしいぞと色めき立っていた。
「僕の母校の後輩が出るから、きぃちゃん誘って応援しに来たんだ~」
「空君の高校が出るのも知ってたけど、試合前に声を掛けると気が散っちゃうかなと思って……」
「えっ!? えっ!? って事は試合見てたの!?」
「ぜ~んぶバッチリ見てたよ~」
「うわぁ~……そっか、恥ずかしい……ご存じの通り、うちの高校負けちゃったんだよね……」
頬を掻きながら居心地も悪そうに視線を逸らす空。やはり敗退が響いているのかいつもよりも元気がない。大会に出る以上勝ち負けはあるし順位がつく。毛色は違うかもしれないが、小さいころからピアノとバレエを習っている妃も、コンクールで点数を付けられたり誰かに負けたりする悔しさは分かっているつもりだ。
「でっ、でも! 空君すごくかっこよかったよ!」
せめて励ましたいと素直な気持ちを伝えてみると、空の目が丸くなった。
「剣道に詳しくない私でも、空君が勝って流れ変わったのは分かった! いつもより男らしくて格好よくて、その……ちょっと、ドキドキしちゃった……」
「え、あう、あ……ありがとう……妃ちゃんにそう言って貰えて、嬉しいです……」
頬を赤くしながらの妃の言葉を受けて、空の顔にもすぐさま熱が上っていく。揃って頭から煙を出し始めた二人を明歌音はしばしニヤニヤと泳がせて、それから自分も口を開いた。
「うんうん。もし今日の空が女の子だったら、さすがに僕も惚れちゃってたかもな~」
「えぇ……それって喜んでいいの……?」
絶妙に喜びづらい褒め言葉を受けて、空はあっという間にいつもの調子に戻り、妃もくすくすと笑いを零し始めた。この二人の関係は、なんだかんだ言っても最年長の明歌音がいい具合に潤滑油になっているらしい。
「ごめんね、部活動中に呼び止めちゃって」
「空頑張った! 偉かったぞぉ!」
「うん、二人ともありがとう。また事務所でね」
二人と別れて部員達の輪に戻った空は、案の定思春期男子にガン詰めされた。
「何だよあの可愛い女子二人!!」
「もしかして芸能人のお知り合いか!?」
「お前ばっかりズルいぞ紹介しろよ!!」
普段は芸能活動に全く興味を示さないくせに、こんな時だけ都合よく食いつく友人一同にげんなりとした表情を見せる空。
「残念ながら小っちゃい方はめっちゃレズだよ……男に一切興味ないよ……」
「まじかよ!? じゃあもう一人の! ピンク髪の子は!? さすがに揃ってレズはないだろ!?」
「いや、さすがにそれはないけど……」
「じゃあ紹介してくれよ! あの子すっげぇ可愛いじゃん!」
「それにおっぱいデカかった!」
「どこ見てんだよ!! 絶っ対紹介しないからなッ!!」
「おい一色! 何騒いでるんだ!!」
「すっ、すみませんっ!!」
しかも下世話な事を言い出す男共をつい大声で突っぱねてしまえば、タイミングも悪く空だけ顧問に怒られた。元凶に恨みがましい視線を向けると、皆飛び火はごめんだとばかりに白々しく目線を反らして口を噤んでいる。理不尽だ。不公平だ。
(でも……)
『空君すごくかっこよかったよ!』
妃の言葉を思い出し、うっかり頬を緩めてしまう空。
ありがたい事に芸能活動の方も少しずつ仕事が増えてきて、部活動に割ける時間が無くなってきていた。それに加えて兄からは、これからもアイドルとしてやっていくつもりなら、いい加減体に痣が残りそうな事は控えろと再三言われていた。そんなわけで空の中で、そろそろ剣道は潮時かと思っていた所だった。大会もこれが最後のつもりだったので、妃に雄姿を見て貰えたのは、少し、いや大分嬉しかったかもしれない。
そしてあからさまにご機嫌になった空を見て、先ほど騒いでいた部員達も段々と察し始める。あ、これあの二人のどっちかにホの字のヤツだ、と。可愛げのある見た目と優しい性格でナメられがちな空だが、そもそも中堅に置かれる時点で、部で一二を争う実力者なのだ。妙なお怒りは買わないに限る。くわばらくわばら。
そんなこんなで皆が帰路に着き始めた頃、空のスマートフォンが震えた。
『僕がきぃちゃん連れてきたんだからね!』
『今度ジュース!おごってよね!』
メッセージアプリには明歌音からの連絡が入っていて、いかにも彼女らしい文面に思わず吹き出してしまった。
ジュースといわず、アイスとお菓子も付けてあげよう。普段は困ったちゃんな姉貴分だが、たまには粋な事をするものだ。