小説

赤い龍と白い犬

letm_official
R18/BL/水方ユキ×一色紅

水方ユキは、事務所社長の一色紅とお付き合いをしている仲。だけど紅はとんでもない浮気性で、今日も今日とて他人の匂いをさせて帰ってきた恋人にユキの嫉妬心が疼いてしまう。紅さんは一人に縛られる器じゃないけど、でもやっぱり俺の事だけを見て欲しいんですっ!!

 とあるラグジュアリーホテルのエントランスに、一人の男が訪れた。
 高級車の後部座席から降りた彼は、長身で、手足が長く、その体躯だけで存在感がある。
 腰まで伸びるしっとりと重厚な色合いの赤髪が一際印象的で、それは例えるならば御伽噺の中に生きる竜の鱗を思わせる。そしてサングラス越しの青い瞳は、力強い生命力と、世界の中心を見据える静けさを併せ持っていた。
 まるで、激しい炎と、深い海を、一人の体に閉じ込めたような人間だ。ただ歩いているだけで人目を奪う、道を譲らずにはいられない、圧倒的なオーラがあった。
 彼は一般のフロントを通る事なくエレベーターホールへと足を伸ばし、既に口を開いていた箱に乗り込んで、エグゼクティブラウンジがある上層階のボタンに触れた。
 シースルーエレベーターから一望出来る都会の景観に背を預け、一つずつ増えていく階層の数字をぼんやりと眺める。程なくして、ポォンと、到着を知らせる音が鳴った。
 エレベーターを出てすぐ、ラウンジの入り口前には、一人の男が立っていた。仕立ての良いスーツ姿のその男性は、彼を見るなり姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「一色社長、お待ちしておりました!」
「はいお疲れさ~ん」
 軽い調子でそう言って、サングラスを外す彼。男に向けてディープブルーの瞳が悪戯っぽく細められると、一気に印象が砕けた物となる。
 彼こそが、ユキや影縫が所属している芸能事務所K-productの代表取締役、一色紅その人である。
 
 
「まさか社長自らご足労頂けるとは……いや感激です!」
「いやいや、やっぱね、スポンサーのお話が出てる以上は俺自らご挨拶に伺うのが礼儀かなーって思いましてぇ」
 最上階のスイートルームに招き入れられた紅は、言葉とは裏腹に礼儀もへったくれもなくソファに腰かけ足を組み、煙草を咥え始めた。すぐさま男が近寄ってきて、紅のジッポが開かれる前に自ら火種を差し出す。よく分かっている態度にちらりと視線を絡め、満足気な笑みをくれてやってから、ジジ、と先端に火をともした。
「実は私一色社長が現役時代からの大ファンでして、もう一切表舞台には出られなくなってしまった社長とこうやってお顔を合わせてお話出来る事が嬉しくて嬉しくて……」
「え~そうなんすか〜? こちらこそマジ嬉しいっすわ~♡」
 恐縮した様子で紅の隣に腰を下ろした男が、分かりやすく手を擦り合わせながら、自分がいかに一色紅のファンであったかを語り始めた。
 現在は経営者として裏方に徹している紅であるが、かつては人心を奪うだけ奪いつくし、そして人気絶頂時にぱったりと引退した伝説的アイドルだ。ただその一方で、スキャンダルが多く、素行もいいとは言えず、悪い意味でも何かと世間を騒がせるタイプのアイドルでもあった。
 だがその本能に忠実な奔放さと、生物としてのある種純粋とも呼べるような生き様が、良くも悪くも鬱屈した現代人の心を惹き付けてやまない存在だった。嫌われる相手にはとことん嫌われるが、その分爆発的な人数に崇拝の如く慕われる。そして賞賛は勿論の事、渦巻く批判のエネルギーすら自分の養分として吸い上げてしまう。そんな力強さとカリスマ性をもってして、人々の熱狂を一身に引き受けていた。その影響は若い女性だけに留まらず、老若男女問わず、それこそ今目の前に居るこの男のような相手にすら及んでいた。
「引退を発表された時は、本当に心にぽっかりと穴が空いたようで……」
 神のような存在の、二十代も半ばというあまりに早すぎる突然の引退は、世間の喪失感、そしてその後の飢餓感を募らせた。紅のメディア露出が無くなった後、それこそ紅の事務所に所属するアイドルや俳優を筆頭に、エンタメ業界を席捲する人材は数多く表れた。だが、世代交代が行われたはずの今もなお、一色紅の帰還を願う声が消える事は無い。
「それで一色社長……その……」
 一しきり熱弁し終え、ふと、男の声のトーンが落ちる。
「ホテルでの会食に同意して頂けたという事は、つまり、そういう事で……?」
 下からお伺いを立てるその目には、隠しきれない卑しさが含まれていた。
 紅の表情が蠱惑的な笑みを形作る。やれやれご機嫌伺いのつまらない話がようやく終わったようだ。そもそも最初からその気しか無いくせに、何とかして自身の欲望をお綺麗にラッピングしたがるこの無駄な時間は、どうにかならないものかと常々思っている。
「お好きに解釈して頂ければ?」
 紫煙と共に、了承の意が吐き出された。
 
 
 ◇
 
 
「た~でぇまぁ~~~」
「!」
 間延びした帰宅の声を聞きつけて、ユキは鍋から視線を持ち上げた。ぱたぱたとスリッパを鳴らし、広いキッチンから半身を覗かせると、ちょうどリビングの扉を開けた家主を出迎える形となる。
「紅さんお帰りなさい」
 ニコニコと顔を綻ばせ、主人の帰宅を喜ぶ犬と同類の喜びが滲み出てしまっているその姿を見た瞬間、紅の頬が分かりやすく緩んでいった。
「ゆーきぃ~~~♡ たでぇまぁ~~~♡ テメェは相変わらず可愛いなぁあ~~~♡」
「あっ、ちょ、もうあぶない! 料理中はダメっすよ!」
 迷わずユキに抱き付いて、ペット愛玩するようにわしゃわしゃと髪を掻き混ぜる。嬉しそうにしつつも紅を叱咤するユキの手元では、火にかけられた鍋に食材が煮込まれている最中だった。
「何か作ってくれてんの?」
「ビーフシチュー。この前紅さんが美味かったって言ってくれたんで」
「ん~~~♡ 最高マジ俺の嫁~~~♡」
「だから料理中はやめろっつってんだろ!!」
 尚もしつこくじゃれてくる紅の頭を一発引っ叩くと、困ったちゃんもさすがに大人しくなった。が、相変わらずユキを背後から抱きすくめたまま離れようとはしない。
(あ)
 その時、紅の匂いに混ざって別の誰かの匂いが香った。不機嫌さを滲ませた表情で、ユキが肩越しに視線を流す。
「つーかまたアンタ他のヤツと寝て来たでしょ」
「え? 寝て来たけど?」
 一切悪びれた風の無い返しに盛大な溜息が零れた。紅という人間はこういうヤツなのだ。ユキが他の男に言い寄られるだけでご機嫌ナナメになり、まして寝ようもんならブチギレぷんぷん丸になるくせに、自分は男女タチネコ関係無く、スナック感覚でさっくりさくさくセックスして帰ってくるのである。まぁこれに関してはユキも諦めてはいるし、これも含めて紅だとは思っているし、それにじゃあ自分も浮気をしたいのかと聞かれれば別にそういう訳でもないのだが、やっぱりちょっと面白くないと思う事くらいは許して貰いたい。
「何? ユキちゃん嫉妬してんの?」
「してません。俺には独占欲バッチバチのくせに、自分は他のヤツと遊んでくるとか、いい度胸してんなーと思ってるだけです」
「あは。かわいー♡」
「ちょっとは悪びれ、ろッ!?」
 ぐい。少々強引に、ユキの顎が持ち上げられた。
「……遊びじゃないのは、ユキだけだぜ?」
「……ッ~~~~~……!!」
 至近距離でディープブルーの瞳が色っぽく細められ、キスしそうな位置で囁かれる歯の浮くようなセリフ。紅はどうしようもないちゃらんぽらんだが、これでも元は日本中を熱狂させたアイドルなのだ。こんな風に間近で誑し込まれてしまっては、魅力にあてられて何も言えなくなってしまうというもの。ただすぐにご機嫌を取られてしまうのも癪なので、ユキはむずむずと唇を擦り合わせて表情を緩めないように努めた。
「それに遊んでたワケじゃねーよ。お仕事してきたの♡」
「っ」
 しかしそんなユキの努力などお構いなしで、紅が上唇を食んでくる。柔らかさを味わうようにふにふにと数度啄んで、それから次は下唇。同様に優しく愛撫した後、べろりと舌を這わせた。
「スポンサーの話が出てる企業のお偉いさんが、現役時代の俺のファンだったらしくてさぁ」
「ん……は、ふ……♡」
「後生なんで一発ヤらせて下さいって頭下げてきてよぉ。も~俺ってばモテすぎて困っちゃうよな~♡」
「あ、ちょ……♡」
「だからまぁ、契約の話をうまい事やってくれるんならっていう条件つきで、ちょっとハメさせてやっただーけ♡」
「ちょっと、まってってぇっ♡」
 情欲を煽るキスを与えられ、これはマズイと感じたユキが紅の胸を押し戻した。だが抵抗空しく、今度は耳朶を唇に捕らわれる。
「すっげつまんねぇセックスだったから……ユキで口直ししてぇなぁ……♡」
「ンんッ……♡♡」
 体の芯に響くような低い声。堪らず可愛い声を上げてしまうユキの反応に、紅の唇が弧を描く。
 うるうると涙の膜が張ったアイスブルーが、非難がましく背後に流された。
「……ご飯作ってる途中だったのに……」
「いーよ腹減ったらユキの好きなモン食いに連れてやるから♡」
「俺が作ったの食いたくないんすか?」
「それよりも俺は今ユキが食いたい」
「……」
「ベッド行こーぜ♡」
 いつもこうなのだ。紅はユキの都合などお構いなしで、色気と手管を駆使して無理矢理自分のペースに持ち込んでくる。そしてユキもユキでその強引さが本当に嫌いなわけではないので、口先であれこれ言いつつも、結局はベッドルームに連れ込まれてしまうのだ。
 もつれ合いながらベッドに沈み込み、先ほどよりも数段深いキスを交わす。息遣いとリップ音が響く薄暗い寝室は、二人の気分を一層盛り上げた。
「……紅さん、今日は俺が上やりたいんですけど」
「へ?」
 しかし、唇が離れた瞬間のユキからの申し出に、紅の目が丸く見開かれる事となる。
「だって外でハメられてきたんでしょ? 口直しっていうんなら俺がハメるのが道理じゃないっすか」
「ええ〜? でもなぁ、ユキが俺にハメんのそれ最早ただのおねショタだし口直しとはなんか違くね?」
「誰がおねで誰がショタだ。世の中の全おねショタに謝れ」
「ぶっ……!! 全おねしょたにwwwあやまれwww何そのパワーワードwwww」
「もおおおこれからセックスだって時に大口開けて笑うのやめてください!!」
 がなるユキに対してひとしきり爆笑した後、紅はベッドに仰向けに転がった。黒いシーツの上に、しっとりと重みのある赤髪が散らばる。
「ったくユキちゃんてば可愛い顔して男の子なんだからぁ……いいぜほら来いよ♡」
 挑発的な笑みと共に中指をくいくいと動かして、自ら胴体を撫でまわしながら服の裾を捲り上げていく。からかわれはしたものの、どうやらオネダリは通ったらしい。
 ユキが知っている範囲ではさして鍛えている風もないのだが、引き締まった腰回りと、程よくむっちりとした胸筋がまこといやらしい。いくらキラキラ王子様系アイドルとして売ってはいようとも、悪いがこちらも一皮むけばただの男。健全な男子たるものおっぱいが嫌いなわけがない。ごくりと生唾を飲んだユキは、目の前に現れた光景に誘われるまま紅に覆いかぶさった。
「紅さん……♡」
「くふっ♡ テメェは相変わらず俺のおっぱい好きだよなぁ~♡」
 胸に手のひらを添えて力をこめる。張りのある感触と共に肉同士がしっとりと吸い付き合う。なんともスケベゴコロを擽る触り心地である。
「だって」
 頂を優しく捏ねると、すぐに芯を持った感触が指の腹を押し上げ始めた。
「紅さんのおっぱい、やらしーんだもん……♡」
 物欲しそうに主張する乳首をつまみながら、反対側を口に含む。舌先で撫でて、転がして、吸い上げて。夢中でそうしているユキの様子を見ていると、紅が冗談半分言ったおねしょたも、当たらずとも遠からずという雰囲気だ。ゆるく送り込まれる快感に口元をむずつかせながら、紅はユキの猫っ毛に愛おしそうに指を通した。
「ユキ、俺のおっぱい美味しい?」
「ん、おいひいとか、そういうんじゃないれひょ、こえ……」
「あ~かわいい♡ 俺もユキのぷりぷりピンクの乳首早く吸いてぇなぁ~♡」
 戯れに色の薄いユキの乳首に手を伸ばしてみると、ぴくりと肩が震えて鼻にかかった声が抜けた。可愛い反応ににやにやと笑う食えない顔に向けて、ユキの非難がましい上目遣いが送られる。余計な事をするなと言いたいのだろう。
「ン? なぁに?」
「……気持ちよくないんすか?」
「きもちーぜ? ユキちゃん可愛いし♡」
 そういう事じゃないんだけどな。
「ほーら、コッチも触って?」
 不満げに唇を尖らせていると、止まっている手のひらを指摘するように下腹部に誘われた。
 ジッパーを下ろす。うなじに手のひらが回ってくる。もう一度唇を捕らわれて、甘えるように何度も啄まれる。その動作が愛おしくて、情欲を孕んだ吐息をもっと飲み込みたくて、ユキは紅の頭を抱きかかえながら深く口付けた。少しだけ性急さを孕んだその動作に、紅の喉奥で楽しそうに呼吸が噛み殺される。
 そうやって空気が熱っぽくなり始めた所で、いよいよ指が奥へと向かっていく。しかしその瞬間である。ユキの眉がわずかに顰められた。
 柔らかくふっくらと熱を持ち、触れれば何の抵抗もなく指を迎え入れようとする動きを見せるソコ。頭では理解していたつもりだが、恋人が、つい先ほどまで知らない男に抱かれていたのだと、匂いよりも言葉よりもずっとリアルに痛感させられた。正直あまり気持ちのいい感覚ではなかった。
「……ねぇ、紅さんって何でこういう事するんすか?」
 いくら人気があったとはいえ、たかだか一アイドル風情が、若くしてここまで事業を叩き上げる過程で色を使う場面があった事は理解出来る。だがもはや成功者といって差し支えない立場に居る今になってもなお、ビジネスセックスをして帰ってくる紅の心理がユキにはいまいち理解出来なかった。
 しかし紅は、こちらも逆にユキの疑問が理解出来ないといった具合にきょとんと首を傾げている。
「相手を気持ちよくさせて円滑にビジネスすんのも経営者の手腕だろ?」
「俺は紅さんを守りたいです。こんな事しなくてもいいくらい。俺の稼ぎじゃまだ足りませんか?」
「分っかんねぇかなぁ~、俺のはそういう自己犠牲的な感じじゃねぇの。生意気言ってんじゃねーよクソガキが」
 ユキの言葉をやかましげにあしらった紅が、穴の左右に指を添えて開いて見せる。
「ほら来いよ。抱いてやっから♡」
 まともに取り合われない悔しさがある反面、ひくひくと収縮するピンク色の粘膜は若い男にとっては酷く魅力的だった。どうあったって小難しい話よりも、そちらへと意識が向いてしまう。
「アンタが抱かれるんですよ」
「言うねぇ~♡」
 間近で顔を突き合わせ減らず口を叩き合ってから、先端で入り口を捉えた。
「ッ……♡」
 一瞬ひくりと紅の眉が寄り、それから滑らかにインサート。中は思った以上に温かくふわふわにぬかるんでいて、簡単にユキを根本まで迎え入れた。紅自身は何てことなさそうにしているが、体の中は他のどこよりも正直だ。つい先ほどまで見知らぬ男に組み敷かれながらしっぽりヤり込んだ事実がより鮮明に伝わってきて、それがまたユキの嫉妬心に火をつけた。粘膜同士を馴染ませるピストンを数度刻んでから、自身の存在で上書きするように、大きく腰を打ち付けていく。
 しばし紅は、何を考えているのか察しがつかない面持ちで、枕に顔を寄せつつ黙ってそれを受け止めていた。だがそのうちに目元を緩め、口元をムズつかせ始め、そしていよいよ耐え切れないとばかりに空気を吹き出した。
「ッあ゛~~~~やっぱダメだわ! 一生懸命腰振ってるユキ可愛すぎんだろぉっ♡ 気持ちよさそうにぴくぴくしちゃってメスみ強えぇ~~~♡ この瞬間のために生きてるって感じする~~~~ッ♡♡」
「ああもううっさいなビール飲んだ後のオッサンみたいな感想やめろやッ!!」
 余裕綽々の恋人に苛立った様子のユキが八重歯を剥き出しにして怒鳴り付けるも、紅には一切効いていないご様子。むしろムキになっているのが面白いらしく、今度は調子を変えてわざとらしく喘ぎ始める。
「ゆきっ♡ ゆきぃっ♡♡ おなかゴリゴリしてきもちいいっ♡♡ あぁん♡♡ それイイのおっ♡ おまんこ奥までズコズコしてえッ♡♡」
「だっから! それもわざとらしくて嫌なの!! もうヘンに演技すんのやめて下さいっ!!」
 改めて見上げたユキの瞳は興奮と憤りで潤んでおり、白い頬が分かりやすくピンク色に染まっていた。唇も、不本意さを滲ませながら噛み締められている。繋がっている気持ち良さと、紅の事をノせきれていない自分との板挟みで苦しいのだろう。昂りながら涙目になっている様子はあまりに可愛すぎたのだが、その反面、少しからかい過ぎたか、と、紅は自身の行動をちょっとだけ、ほんのちょっとだけ反省した。これでも一応、悪かったなと思う気持ち程度なら持ち合わせている。
「うーん、でもなぁ。マグロになってんの暇だし落ち着かねぇんだよなぁ……」
「だったらいっそAV見ながら煙草吸って楽にしてて下さい。俺は紅さんの素の反応が見たいんです」
「え~? ガチでそうしちゃうよ? 萎えても知らねぇよ? 俺のせいじゃねぇかんな?」
「大丈夫です気持ちよくさせるんで」
「お♡ そういうトコ嫌いじゃねぇよ♡ んじゃまお言葉に甘えて……」
 紅は言われるままに煙草を咥え、うきうきとした様子でスマホをいじり始めた。すぐにお目当ての物が見つかったらしく、女の鼻にかかった声と、湿っぽい交接音が再生され始める。映像がよく見えないとはいえ、そのいやらしい音声だけでもユキの気分はより昂ってしまって、ナカで切なくペニスが脈打った。
「なぁなぁ、この子おっぱいでかくてちょっと仁亜に似てね? しかも社長秘書モノ♡ コレお気に入りなんだよな~♡」
「あの……仕事しづらくなるんでそういうの止めてもらっていいっすか……?」
「うわ~ユキってば童貞くせぇ~♡ ッあぁ!!♡」
 尚も煩い口を黙らせるために一度大きく奥を穿つと、やっと嬌声らしい嬌声が上がり、ほんの少しだけ胸がすいた。くち、くち、くち。AVの分かりやすい音声に混じって、中をゆっくりとかき混ぜる音が響く。
『あッ!♡ あぁん!!♡♡ んんッ♡♡ しゃちょおっ♡♡ こんな所でっ、だめぇッ♡♡』
 画面には、AV会社が高級感を取り繕ったようなピンストライプスーツを着た男優が、破れたストッキングの間からペニスを抜き差ししている光景が映し出されている。
 紅はAVをエンターテイメントとして楽しむきらいがあるのだが、それでも大袈裟に揺れるおっぱいと、モザイクの薄い結合部に興奮は覚えているようだ。ときたま腰がぴくりと震え、腸壁がヒクヒクと戦慄いている。ユキは物欲しそうな動きを見せる恋人の胎内を宥めるようにペニスを突き入れて、肉ヒダを引っ掻いて、腰を回して、元から蕩けていた粘膜をさらにその気にさせる動きを繰り返した。
 そしてしばしそんな事を続けていると、紅のリアクションが変わってきた。
「ぁ……ゆき……それ、気持ちいい……♡」
 先程よりも数段しなっぽくなった声が鼓膜を擽る。
「ここ?」
「ん、うん♡ あ~……それ♡ それもっとして……♡」
 どうやら、前立腺を圧迫しながら奥を捏ねる刺激がお気に召したらしい。素直なオネダリに心ときめいたユキは、何度も、何度も、ご要望通りにその動きを繰り返した。
「はぁあっ……♡」
 一度熱っぽく呼吸を吐き出した紅が、スマートフォンをベッドに伏せた。途端、女の喘ぎ声がやかましく響いていた部屋に静寂が戻ってきて、ベッドが軋む音と、湿り気のある結合音、後は喉奥で嚙み殺される喘ぎ声が小さく響き始める。
「……紅さん、もうAV見ないんすか……?」
「ん……んんっ……ユキのチンポのが、ぁ、ヨくなってきたぁ……っ♡」
 シーツに顔を擦りながらのお言葉に、一気に下腹の熱が膨張した。指に挟まれたまま吸われなくなった煙草から、ぽとりと灰が零れ落ちる。それを目にとめたユキは煙草を取り上げて、枕元の灰皿に押し付けてやった。お咎めはなく、空いた手はきゅっと布を握りしめている。どうやら本気で感じてくれているらしい。心臓がきゅんと疼いた。
「はぁっ……♡ 紅さん、すき……♡」
「ん……♡」
「俺のちんぽで気持ちよくなってくれてる時の紅さん可愛い♡ すっげぇ好き♡ だいすき……♡」
「ッ、ふふっ♡ ぁん♡ くすぐってぇ、っ……ユキちゃん、かわいーなぁ……♡」
 耳から頬へと啄まれ、身を捩らせた紅がユキの唇を食んだ。
「は……♡ ユキの唇、やーらかくてぷるぷるできもちー……♡」
 腸壁が反応を返してくる。下腹もユキの動きに合わせて小さく跳ねているのが見て取れる。
「あぁ……これっ……♡ はらんなか、ユキの形になってきたあぁ……♡♡ ッはあぁぁ♡♡ 奥まで、馴染んできてるっ……♡♡ きもちいぃっ……♡♡」
 肉壁が竿に絡みつき、奥がぴったりと亀頭の形にフィットする。
「っお♡ おぉぉ……ッ♡♡ ナマで奥吸い付かれんの、っ♡ エロすぎてっ、やべえぇえ……!!♡♡」
 ぬりゅんぬりゅんぬりゅん♡ ちゅっ、ぱっ♡ ちゅっ、ぱっ♡ ちゅっ、ぱっ♡♡ 結腸口を亀頭で舐め回しては、粘液の糸を結びながら離れる奥ハメが相当キくようで、紅の下肢がカクカクと戦慄いた。
「はーッ♡♡ やべ♡ やっべぇ♡ キマってきたぁあ♡♡ あぁ……ユキのくせにスケベなのしやがってっ……♡♡ ッくうぅぅ♡♡ まんこジンジンきてるうぅ……!♡♡」
 堪らず左右に振られる髪が、シーツと擦れて乾いた音を立てた。本人の快感の深さに呼応する形で、結腸がヒクヒクと口を開き出す。瞼を下ろしながら唇を噛み締めて、鼻にかかった声を漏らす紅は、さっきまで我が物顔でやりたい放題やっていた男とは別人のようだ。
 にゅうぅぅっ……♡ 亀頭が結腸の入り口を押し広げ始めた。
「ッ♡ や、ば♡♡ はいっ、ッ、ぁ……!!♡♡」
 一番弱い部分へ熱が侵入しそうな予感は、下腹に痺れるような快感をもたらした。徐々に肉輪が暴かれ、腹の奥を犯される被虐心が登ってくる。そして
「あ゛ッ、ぐ……~~~~~ッッ!!♡♡」
 一番太い部分が一気にハメ込まれた瞬間に、がくんと首が仰け反った。痛みからではない。そこで得られる快感の大きさは、とうに体が知り尽くしている。性欲に張り詰めた若い竿が、本来入ってはいけない場所で脈打っている感覚は筆舌に尽くしがたかった。堪らず舌を突き出し犬のような呼吸を零してしまう口元に、ユキが高揚した顔を近づけた。
「紅さん、今日はココまで入らせてくれて嬉しい……♡」
「ッ、かってに、入っといて……っあぁ……♡♡ なぁにを、いけしゃあしゃあと……っ♡」
「入れてくれたのは紅さんの体っすよ?」
「はッ、あ゛……ッくうぅっ……♡♡」
 ぴったり触れ合う粘膜同士。そこを小刻みに揺さぶれば、紅の下腹に圧迫感とそれを補ってあまりある官能が膨らんだ。
「ねぇ、ここも今日のヤツに使わせた?」
「お゛ッ……!!♡♡」
 ずるんっ!♡ 結腸の弁を引っかけながら亀頭を引き抜いて
「こんな弱いトコ、まさか使わせてないっすよね?」
「ひゃうぅ゛う゛ッ♡♡」
 ぶちゅんっ!♡ と、再び突き入れる。強引な結腸ハメで、紅の膝下が飛び跳ねる。
 こういう時のユキは、普段の可愛いワンコのような雰囲気が鳴りを潜め、一丁前に雄っぽく、少し意地悪くなる。整った顔貌が性欲と独占欲に満ちる様子は、どこか冷たく硬質で、そのギャップが心臓の裏側を疼かせる。
 愛嬌のある性格のおかげか随分と親しみが持てるキャラクターとして浸透してはいるが、本来ユキの容姿は絶世と呼んで差し支えないくらいに美しく、黙って人形のように鎮座していれば、何でも言う事を聞いてしまいたくなるような魔性すら孕んでいるのだ。それをこうやって、生肌を重ね合わせる行為で引きずり出して、惜しみなく感じられるのは自分だけだという優越感は間違いなくある。
「どお、だろうなぁ♡ っ、もーちょい、くわしく♡ 体に、きいてみれば、ぁ、分かるかもよぉ~……?♡」
 だからますます煽ってみたくなる。喰われてみたくなる。この美しい獣を暴いてみたくなる。ユキを初めて見つけてからというもの、ずっとハマり続けている理由のうちの一つだ。
「んンン゛ッ!♡♡♡」
 息を乱しながらも笑みを浮かべる紅の表情はなまめかしく、興奮した様子のペニスが深々と突き刺さった。ずりゅんっ! ぬちゅんっ! ずりゅんっ! ぶちゅんっ!♡ 出し入れの度に初心な締め付けを見せる肉輪は、今日初めて異物を受け入れた証明だ。
「あ゛ッ、おぉ゛♡♡ お゛♡ あぁぁ゛ッ♡♡♡」
「はっ♡♡ あぁ♡ くれないさんっ、締めすぎ……♡ きもちいいっ……♡♡」
 いくら手慣れているとはいえ、本当に気持ちよく緩まなければこんな所までは開けない。どうやら「つまらないセックス」という感想は嘘ではなかったようだ。また少しだけユキの心が軽くなる。
 そして人間というものは欲深く、満足感を覚えながら体の奥で繋がっていると、どうしてもそれ以上のものが欲しくなってくる。
「ねぇっ……♡ あかちゃん出来たら、おれだけの物に、なってくれますか……?♡」
 蠢く肉筒にもみくちゃにされる快感に瞳を潤ませながら、ユキが切なく吐息を零した。男相手に非現実的な事を口走っている自覚は本人にもある。だが性欲に支配された男が、最終的にたどり着く願望はそこに他ならない。
 無遠慮に奥を穿つペニスに揺さぶられながら、紅が愉快そうに歯を覗かせた。
「そんな事言う前にっ♡ まずはせいぜい、ッ♡♡ 気合入れてえっ♡ はらませて、みやがれっ、ばーーーかっ♡♡」
 中指を立てて舌を突き出し挑発すると、尻タブを掴まれ、体をぴったりと密着させられた。耳に唇の温かさを感じながら、一際激しい抽挿が開始される。
「紅さん孕んで♡ 俺の赤ちゃん作って♡ 紅さん好き♡ 大好き♡ 今も昔もずーっと好きです……♡」
「ンッ♡♡ んん♡ ッ、はあぁぁっ♡♡ あっ♡ あっ♡ あんッ♡♡」
「すき♡ 愛してる♡ 紅さんの事孕ませたい♡ 妊娠させたい♡♡ 俺だけの紅さんになって欲しい♡ 紅さん♡ 紅さん♡♡ あぁもう大ッ好き♡♡ 俺の子供産んで下さい♡♡ お願い♡ お願いっ♡」
「ちょっ♡ ああぁっ♡♡ おま、こういう、ときだけっ♡ 熱烈すぎんだよおッ♡♡」
 ちゅぱっ♡ ちゅぱっ♡ ちゅぽんっ♡♡ 結腸口がまるで了承の意を示すかのように、ユキのペニスをしゃぶり上げた。耳元で囁かれる愛情と所有欲に満ちた言葉のシャワーに、こちらまであてられてしまいそうだ。
(やばっ……!♡ これっ、ほんとにっ♡ スゲェのキてるッ……!!♡♡)
 遊びのセックスではなく、本当に子供を仕込もうとしているような熱量で腰を打ち付けられて、まるでソコに本当に子宮があるかのように錯覚してしまう。硬く膨れた亀頭が雄子宮に食い込む度にシーツから腰が浮き、ユキの動きを手助けするかのように淫らにくねりだす。
「あっ……♡ 紅さん、腰浮いてきてる……♡」
「ッ……いちいち、言うなってぇ……!♡♡」
「本気で気持ちいい時のヤツっすよね……♡ 嬉しい……♡」
「ん♡ ん゛っ♡♡ んっ、ぁっ♡ んむうぅ゛ッ♡♡」
 噛みつくようにキスされて、舌を差し込まれ口内を蹂躙される。最初はキスの一つも知らなくて、ちょっと口の中を擽ってやるだけで腰砕けになっていたくせに、随分と偉そうな事をするようになったものだなぁと思う。だがそんな感慨は、大きな快楽の波にいとも簡単にさらわれてしまうのだ。
(きもちいい♡ しきゅうこお、引っかかれんのきもちいい♡♡ キスハメ気持ちいいッ……!!♡♡ ユキのくせに、一丁前にガチハメしやがってぇッ……!!♡♡)
 たんったんったんったんったんっ♡♡♡ じゅぱっじゅぱっじゅぱっじゅぱっじゅぱっ♡♡♡ リズミカルに、確実に、弱い部分を掻きむしるピストンを与えられ、視界がぼやけ始めた。腰から下が自分のものでなくなったように甘く痺れて堪らない。
「ッ……あ、ぁああ゛ッ♡♡ すげぇのキひぇるっ!♡♡ 深いのキへるうぅう゛う゛ッ♡♡♡ やばいやばいやばいぃい゛ッ♡♡」
 一瞬くねりそうになる体をがっちりと抱きとめられ、シーツとユキの間に閉じ込められる。その動きに、本能的に雌を逃がさんとする男っぽさを垣間見た気がして、興奮で脳味噌が沸騰しそうになった。女すら気後れする程の端麗な容姿に隠された、こういう油断ならない一端の雄としての部分が、最高に好みだ。
「くれないさん♡ イって♡ イって♡ 俺のちんぽでうっせぇ声上げて孕んでっ♡ イけよっ♡ イけよほらッッ!!」
「ッ~~~~~~!!♡♡♡」
 八重歯を剥き出しにしたユキに、力強く結腸を犯された衝撃がトドメだった。
「い゛ッ……いくっ♡ いくイくう゛う゛ぅッ♡ お゛ッ♡♡ お゛ぉぉ゛おお゛ぉ゛―――ッッ♡♡♡ ひおおぉ゛ッ♡♡ おぉぉおおッ~~~~~―――……!!♡♡♡」
 チカチカと視界が明滅し、動物じみた声が上がる。紅はユキの腕の中で精一杯背筋を仰け反らせ、胎内でペニスを抱きしめ揉みくちゃにしながら絶頂を極めた。
 しかしそれでもユキは止まる事はない。痙攣する肉ヒダを扱き立てるような動きで奥へ奥へと竿を突き立ててくる。
「イきまんこガン突きひゃれへりゅうぅ゛う゛ッ♡♡♡ ひゃばいッ♡♡ それ死ぬっ♡♡ それきちいからあ゛ぁ゛ああッ♡♡」
 遮二無二髪を振り乱して身悶えていると、ついに中で膨れたペニスがポンプのように収縮し、熱い精液が打ち付けられる感覚があった。
「ああ゛ぁあッ!♡♡♡ こんらっ♡♡ こんなのお゛ッ♡♡ ほんとに、っ、はらんじまうからあ゛ぁッ!♡♡♡ ああ゛ぁぁぁッ……♡ ゆきのあかちゃん、できちまうってえぇっ♡ ゆきいッ♡♡ ゆきいぃぃ……ッ♡♡♡」
「ッ……!♡ くれないさん、かわいいっ♡ 紅さん♡ 紅さん……!!♡♡」
 びゅるっ♡ ぷぴゅっ♡ びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ……♡♡ 絶頂に翻弄される中でさらに所有の証を刻み付けるような射精を受け、紅の下腹がピンと突っ張って戻らなくなる。奥歯がカチカチと鳴り、上気した頬と首筋を汗が伝っていく。
「おッ♡ おぉっ♡♡ おぉぉッ……!!♡♡ はあぁぁあ……♡♡」
 ぷちゅう♡ ぬぽぉ♡ ぬぽぉ♡ ぬぼぉ~~~♡♡ 精液をじっくりと内壁に馴染ませるピストンが終わると、せわしなく蠕動する腸壁がようやく落ち着きを見せ始める。しばし二人はそのまま呼吸を整えていたのだが、紅の方が一足早く顔を上げ、鬱陶しく張り付く前髪を掻き上げた。
「はあぁぁッ……♡ 最ッ高にぶっ飛んだあぁ……♡♡ 今日の、つまんねぇセックス……ぜぇんぶ塗り替えられたぁ……♡♡」
 一試合終えた後のような爽快感を滲ませつつ吐かれたセリフに、ユキのげんなりとした溜息が続いた。
「あのねぇ……折角気持ちいいセックスした直後に他のヤツ匂わせるの止めません?」
「えぇ? 俺としちゃ気持ちよくしてくれたユキに最大限の賛辞贈ってるだけのつもりなんだけどなぁ」
 今しがたまでのしなっぽさは何処へやら。波が引くなり一瞬で元の調子に戻ってしまった紅は、ちっとも悪いと思っていない様子で新しい煙草に手を伸ばした。そして口に咥えるなり、ベッドに突っ伏したままの状態で火をつけようとしたものだから、ユキが慌ててジッポを取り上げた。
「ああもう危ない……」
「ん♡」
 顎を掬い上げ、咥え煙草の先端に火をつけてやる。ふふ。と、紅の口内で含み笑いが零れた。
「ユキはホントに俺の事が大好きだよなぁ~♡」
「……悪いっすか?」
 からかうような表情と言葉に、しかし否定はせずにぶすくれた表情を返すユキ。紅がさらに愉快そうに目を細めた。
「いんや別に。ただ皆の王子様の心をこんだけガッチリ射止めちまうなんて、自分自身の魅力ってヤツが相変わらず罪作りで怖ェなぁ~と思って♡」
「うっわぁ! アンタのその自己肯定感の高さほんとどっから来るんすかね!?」
「そんな俺の事が好きなクセにぃ~♡」
 嬉しそうに笑った紅は、やおら身を起こしたと思うとユキと体の位置を入れ替えた。ぐるりと視界が回り、あっと思った頃にはもう背中には柔らかいマットレスの感触。爛々と目を光らせる紅の顔を見上げていて、顔の両脇には赤い髪がカーテンのように流れている。
「さぁてと……じゃ、口直しも終わった事だし、こっからはユキがアンアン言うターンな。一晩中離さねぇから覚悟しとけよ?」
 紫煙を吐き出しながら目を細める色っぽい表情は、ユキの下腹をじゅくりと疼かせるには十分すぎた。
 あんなにガチハメ疑似子作りセックスで女役を堪能しておきながら、ここまで瞬時に雄になれる切り替えの華麗さ。これはこれである種の才能だとユキは思うのだ。
 
 
 ◇
 
 
『ユキ君って真っ白でオバケみたいでコワイからきらい』
 幼稚園の頃、仲良くなりたかった子から、子供故の純粋さと残酷さをもって向けられた言葉が始まりだった。生まれつき髪も肌も色素が薄かった自分は、悪目立ちして容姿を噂される事が多かった。
 同世代の男子と同じような服を着ると浮いてしまい、カッコイイ短髪にしたくてもちぐはぐになる。女の子みたいだとからかわれ、白くて気持ち悪いと笑われて、一時期は似合いもしない黒髪に染めていた事もある。すぐに色が抜けてしまうから、頻繁に毛染めを繰り返すうちに、元々柔らかくて繊細だった毛先がガサガサに傷んでしまった。でもそれで良かった。皆と同じで居られるなら、皆の中に溶け込めるのなら、それで良かった。
 そんなさ中、紅に見つけられた。
『凡人ってのはな、自分の物差しに収まらねぇモンが怖ェから、異常だとか、可哀想だとか言って、集団で後ろ指差して安心してるような生き物なんだよ。好きにやらせとけ。でもな、そんなもんを気にしてテメェが凡人の中に隠れてるのは頂けねぇな。そのキレーな見た目でこの先幸せに出来るヤツが沢山居るはずなのに、チャンスをみすみす奪ってるって事じゃねぇか』
 その時自分に向けられた、深くて優しい青色の記憶。そして押し寄せて来た胸の高鳴りは、今も細胞の隅々にまで焼き付いている。
『お前は真っ白で綺麗だよ、ユキ』
 紅に見つめられてそう言って貰えた瞬間。嘘のようだった。自分の世界が、一気に、鮮やかに、色づいていったのだ。
 
 
 
 苦みのある香りが鼻孔を擽る。
 ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れた天井が目に映った。どうやら事後の脱力感の中で、いつの間にか眠ってしまったらしい。隣に視線を移せば、恋人が、煙草片手にてしてしとスマホを弄っている最中だった。
「おう、おはよ」
 気配でユキの起床を感じたのだろう。スマホから目を離さぬまま紅が言った。ユキも口の中で「おはようございます」と返す。
 スマートフォンからは、聞き覚えのあるBGMと効果音が聞こえて来た。
「……ゲームっすか?」
「うん。ゲームやってりゃ縫ちゃんが一緒に遊んでくれっからな~♡ それにこれ結構おもしれーんだぜ?」
 人間性が胡散臭いのでもうどうしようもないのだが、なかなか影縫に懐いて貰えない紅は、黒猫ちゃんをあの手この手で篭絡しようと日々奮闘している。どうやら今は同じゲームをプレイして共通の話題を作っているらしい。影縫はゲームの話になると楽しそうに(当社比)喋ってくれるし、攻略法を聞かれると嬉しそうに(当社比)教えてくれるし、なんなら協力プレイで手伝ってくれるので、距離を縮めるにはなかなか良い手だと思う。
 ただまぁユキからしてみれば問題はソコではなく、すーぐ腰に手を回したりお尻を触ったり下ネタを振ったり、そういう馴れ馴れしくて影縫がめちゃくちゃ嫌がる事をしない方がよっぽど懐いて貰えるだろうとは思う。が、それは紅にとって呼吸のようなものなのでやめろと言われて止められるものでもない。だから努力の方向性が若干間違っていても黙っておく。きっと二人は一生相容れない存在なのだろう……合掌……。
「ユキも縫ちゃんに誘われてんだろ? 一緒にやろーぜ」
「うーん、ソシャゲはなぁ……ガチャ要素強いのがどうも好きじゃないんすよね」
「は? 何で? 金さえ突っ込めばいくらでも強くなれんだからむしろ楽じゃん」
「誰かさんにも似たような事言われたなぁソレ……」
 相方の顔を思い浮かべ、乾いた笑いを零すユキ。ユキは二人と違って常識的な金銭感覚を持っているため、衣食住へ収入相応の投資はするものの、ソシャゲの課金なんて無駄なものに大金を突っ込む気にはなれない性分だった。そしてこういう堅実な部分を紅から、「無駄を楽しめねーからお前はいつまで経っても色気が出ねーんだよ」とイジられたりもする。うっせーほっとけ。
「うがっ!! ンっだよこのボス強すぎんだろあり得ねぇんだけど!?」
 と、そんなことを考えていると、隣で紅がすごい声を上げて文句を垂れ始めた。唇を尖らせながら画面を睨みつける横顔はまるで子供のようで、とても十歳以上も年上の男のソレとは思えない。
 不思議な人だ。
 掴みどころがなくて、いつも勝手に楽しそうで、いつまでも幼くて、でも頼りになって、めちゃくちゃな事をしているのに憎めない。
 紅は、他者が聞けば驚愕するような生い立ちや経験をしていたりもするのだが、それすらもなんら悲劇的に捉える事なく、むしろこの世に生まれた上でのアトラクションとして楽しんでいる。
 彼の存在には後ろ暗さというものが全くない。人生に対しての被害者意識というものが全くない。そしてそうやって、本人が何もかもを許容し、受け入れているからこそ、彼の言葉には力がある。人目を奪う。彼という存在が居てくれるだけで、勝手に救われてしまう。だからこそ一色紅は、日本中を虜にするトップアイドルとして君臨していたのだ。
 自分勝手に輝いて、片っ端から人々を照らしていく、太陽のように。
「……ん? 何?」
 そしてユキもまた、その魅力にまんまとたぶらかされ、救われたうちの一人だった。
「……別に、なにも」
 顔を逸らしたユキを、しばし紅は不思議そうに眺めていた。だがそのうち悪戯臭い笑顔になり、ユキの頭を撫で回し始めた。
「何だよさては見惚れてたんだろ~♡ まぁしゃあねぇか~♡ 今日の俺も人類史上一番カッコイイもんな~♡」
「うわぁ……」
 自信があるのは結構だが、ここまでナルシストすぎると開いた口が塞がらない。ちなみに誇張でも何でもなく、紅は心の底から、自分が有史以来一番のイケメンだと信じて疑っていない。
「よっしゃ」
 ドン引きしているユキをよそに、紅がマットレスを叩きながら身を起こした。
「ユキ~腹減った。シャトーブリアン食いに行こうぜ」
「! マジっすか!」
「ユキの奢りな♡」
「は!? 俺の好きなもん食いにつれてくれるって言ったじゃないっすか!」
「え~? ンな事言ったっけ~? つか食いに連れてくとは言っても、奢りとは言ってまっせーん」
「はぁ~~~~!?」
「ほらとっとと起きやがれ。そして俺に肉を喰わせろ。財布になれ」
「俺の稼ぎピンハネしてるくせによくそんな事言えますね!?」
「所属事務所として正当な額を頂戴してるだけで~す。テメ『紅さんを守りたいです~♡』とか言ってたクセにケチケチすんなほら準備しろ」
「ったく都合いい事だけ覚えてられる賢い頭っすよねマジで!!」
「よく言われる~♡」
 ケタケタと笑いながらベッドを下り、シャワールームへと向かっていく紅。罪悪感や遠慮心の欠片もない恋人の後姿を見送ったユキは、大きな溜息を吐き出しながらベッドに背中を沈めた。
「あ~~~~……何であんなの好きなんだろ……」
 神とは気まぐれであり、自分勝手で傍若無人でワガママで、滅多に気高い神としてのお姿を拝ませてはくれないのだ。
 げんなりとした呟きは、誰にも聞かれる事なく、天井に吸い込まれて消えていった。

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