小説

僕はお前のライバルにすらなれないのか。

letm_official
城崎ルーク/一色空

腹の中で空君の血筋への羨望や劣等感が醸造されていて、兄貴ばっかり追いかけてる事が気にくわなくて、「僕の事も見ろよ!」の一言が言えない。そんな拗らせルーク君のお話。

 2DAYSのライブ一日目が終了し、僕達ライトハウスは会場近くのホテルに帰宅した。女子二人と男子二人が同室の、お決まりの部屋割りだ。
 先に空が入浴して、それから僕。バスルームから出ると既に空はベッドに横になっていて、室内が煌々と照らされている事も厭わず静かに寝息を立てていた。手元にはスマートフォンが転がっており、どうやらソシャゲを触りながら寝落ちしてしまったらしい。BGMがうるさいから勝手にロック画面に戻して、部屋の明かりも間接照明のみに絞ってやった。僕も後はスキンケアして、髪を乾かして寝るだけだ。部屋を明るくしておく必要もない。
「っていうか髪乾かし切って寝なよ……信じらんない」
 ライオンのたてがみみたいに毛量の多い癖毛が、半乾きで放置されている事に気づいて溜息が零れた。身内の事をさんざんズボラで困るとか愚痴ってるくせに、蓋を開けばコイツ自身もまぁまぁズボラだし適当だと思う。
 
 僕達のグループは鳴り物入りでデビューしたわけでもなく、特別ハネた曲があるわけでもなく、地道にコツコツ活動して、じわりじわりとファンを増やしてきた。だから昔からのファンはもはや父兄のような気持ちで応援してくれているし、ファン同士の結束も固い。ライブの空気感が穏やかで優しいのも、派手さとは別の持ち味だと思う。
 あのMCの一体感良かったよな、とか、歌詞が飛びそうになった明歌音をフォローした妃がかっこよかったな、とか、あそこの演出で歓声が上がったのが気持ちよかったな、とか、ライブの余韻を噛み締めながら肌を保湿して、髪を乾かす。
 
 ドライヤーの音はそれなりに煩いはず。だけど全て終わって後ろを振り返ると、相変わらず生乾きのライオンがベッドに横たわっていた。
 明日はライブ二日目だ。このまま放置して体調でも崩されたら堪ったもんじゃない。やっぱり起こして髪を乾かさせる方がいいかな。
「空」
 ぎしり。ベッドに乗り上げる。名前を呼んでも空は身じろぎ一つしない。深く眠りに落ちている。
「そーら」
 もう一度呼んでみる。が、やはり起きない。
 静かに瞼を下している横顔を見ていると、当然ながらこいつも随分大人になったもんだなと思う。人前に立つせいで年々洗練されていく容姿の端々に、あの稀代のトップアイドルの面影がオーバーラップした。
 
 スタイリング次第で王子系にも可愛い系にも格好いい系にもなれるルックス。フィジカルが強く、歌唱力も踊りのセンスも高水準。頭がいいため咄嗟に出る言葉選びやバラエティ的な受け答えも上手い。マルチな才能に恵まれているのだが、本人は尖った何かがない自分自身を器用貧乏だと感じているらしい。ずっと兄と比べられ続けてきたため、空の中でも無意識の比較癖がついてしまっているのだろう。
 僕としては馬鹿げていると思うけど。リビングレジェンドと比較して、自分自身を貶めるなんて。そんな事を考えながら視線を下に落としたら、乱れた布団の隙間から、足がほぼむき出しになっているのが目に入った。
「……空、ねぇ起きて」
「んん……」
 肩をとんとんと叩くと、身じろぎが返ってきた。が、それだけだった。
「……起きないんだ?」
 少しのうしろめたさを感じながら、太ももに手のひらを滑らせた。何度か上下にさすってみる。筋肉の柔らかな弾力が気持ちいい。すらりと長いきれいな足からは、やはり血筋というものを感じずにはいられない。
(……掻き毟って傷跡でも残してやれば、さすがに僕に敵意を向けるかな……)
 じり。じり。胃の裏側が焦げ付くような感覚。自分の心がままならなくなっていく。
 最近コイツに妙な気持ちが沸くことがある。劣等感のような、嫉妬のような、ともすれば劣情のような、だけどもっとドロドロしたものだ。
 
 昔から空の事はイマイチ気に食わなかったし、今もどちらかと言えば嫌いだ。
 恵まれている自分の境遇に気づきもしないで、考えてもしょうがない事にずっと頭を悩ませて、人前では気にしていない素振りを見せながら影で泣いてるようなヤツで、辛気臭さが毛穴から漏れてる感じがどうにも鬱陶しくて鼻につく。そしてその違和感は見ている側にも伝わるらしく、グループ内では一番目立たないし人気がなかった。
 だけど成長するうちに少しずつ頑なさが無くなり、自身の境遇を受け入れ始め、こいつが一番隠したがっていた、兄が一色紅であるという事実すら糧にするような力強さを身につけて行った。その頃からだ。本来コイツの遺伝子に組み込まれていた、生命力や色気が前面に押し出されてきたのは。
 正直ムカつく。
 昔は僕の方が圧倒的に人気だったのに、今ではグループを引っ張っているのは空だし、ソロパートが来ると一番観客が沸き立つのも空だ。グループ活動は個々の勝ち負けじゃない。そう頭で理解はしていても、やっぱり悔しい。嫉妬する。鬱陶しい。目障りだ。空なんか……居なくなっちゃえばいいのに。
 コイツの体に流れている血に、僕みたいな凡人は絶対に勝てない。昔の僕が空に勝てていたのは、コイツが自分を否定して、空回りばかりしていたからだ。だけどそれが無くなってしまえば、コイツが自然体になってしまえば、人目を惹きつける華やかさが浮き出てくるのは当然の事だ。だってコイツには、あの一色紅と同じ血が流れてるんだから。
 どうぞご覧下さい。恥ずべき事も、隠すべき事も、もう俺には何もありません。そんな意識で堂々と大観衆の前に立つようになったコイツを止める物なんて、もう何もない。
 所詮努力で外側を固めただけの僕に、後は何が残されているんだろうな。
 
「んっ……ちょ、なに……? るー、く……?」
 そんな事を考えているうちに、無自覚のまま指先に力がこもっていたらしい。非難がましい声と共に、迷惑そうな表情で瞼が持ち上がった。僕が足をまさぐっていた事に関しては、寝ぼけ眼で理解が及んでいないようだった。手が触れていた場所が、わずかに赤くなっていた。
「空、髪乾かしてから寝て」
「へ? 髪……?」
 言われて空が、手触りを確認するように髪に手をやった。
「あー……うん、大丈夫、だいじょうぶ……これくらいなら、寝てるうちに、乾く……」
 布団を手繰り寄せ、眠りの世界に戻ろうとする空のケツをひっぱたく。結構いい音がしたおかげで少し胸がすいた気がした。
「ちょっ……! もう、なに!?」
「乾かさないで寝て明日体調崩したらどうするの。プロ意識足りないんじゃない?」
「ひっ! 俺で、あそば、ないでって! あぁもう! 乾かすよ! 乾かします~!!」
 声をひっくり返す様子が面白くて何度か繰り返すと、さすがに音を上げてベッドから起き上がった。不服そうな表情でドライヤーを手に取る空。気を使って起こしてやったのに、ジト目で僕の事を睨んで来やがる。
「言っとくけどちゃんとドライヤーはしたんだからね! 毛先が湿ってるだけで頭はもう濡れてないんだからね!」
「濡れてる毛はキューティクルが開いて痛みやすい状態なんだよ。お前ただでさえ癖毛なんだからちゃんと手入れしないとボッサボサになるぞ」
「もう! るー君の美容男子な所うざいなー!」
「明日もファンの前に立つのにビジュアルの手入れ怠るヤツの方がアイドル失格だと思うけど?」
「……正論だから余計にうざいの!!」
 頬を膨らませた空が乱暴にドライヤーをかける。メンバー同士で居るといつまで経っても子供っぽさが覗くのは、チビだった頃に妃と明歌音が散々甘やかしてきたからだと思う。そのせいでこの野郎は僕の事すら保護者か何かだと思ってる。絶対思ってる。
「あっ、そうだ」
 と、ドライヤーの風が冷風に変わった頃、空が肩越しに声をかけてきた。
「るー君がプロデュースした保湿クリーム、サンプルくれたじゃん? あれちゃんと毎日使ってるよ。今日も使ったよ」
 僕が最近コスメブランドとコラボして出したクリームを、空含めたメンバー全員にプレゼントしている。毎日使ってるよ、とか言って、多分褒められたいんだろうけど、僕は女子メン程甘くないからその程度で褒めてやらない。そう、って素っ気なく返してやった。
「俺よく鼻の頭とかカサカサするんだけど、あれ塗ってると全然皮が剥けないの! すごいよね~!」
「当たり前でしょ。僕が欲しい物を作ったんだから。てか僕があげなくても保湿くらいしなよ」
「ええ? だっていざ買おうとすると種類多すぎてさ、何使えばいいか分かんなくて挫折しちゃうんだよね」
 だから助かってまーす。なんて、僕に叩き起こされた時の不機嫌さなんて早くもどこかに行った様子で都合よく笑う空。自分でも取り扱い方が分からない胸の中のヘドロが見透かされてしまいそうで、ぱっと視線を逸らした。
「るー君は凄いよね。自分で化粧品作っちゃってさ」
「……別に、美容頑張ってたらたまたまご縁があっただけだよ」
「それが凄いんじゃん。俺って全部中途半端だし、るー君みたく何かコレっていう物があればなぁ……」
「…………」
 何言ってんだか。お前は突出した物なんて無くたって、やろうと思えばなんだって出来るんだろうが。
 兄貴に対してはいつまで経っても心のどこかで対抗意識を燃やしているくせに、その一方でコイツは死ぬほど素直に僕の事を褒めるし、僕の事を認めるし、大手を振って成功を喜んでくる。何でかって、そんなの簡単だ。
 空にとって僕の事なんて眼中にないからだ。コイツの比較対象はあくまで一色紅で、デカすぎる兄貴の背中を、ただ一生追いかけているからだ。だから僕に勝とうが負けようが、例え自分が圧倒的に他を凌駕し始めていたとしても、そんな事はどうでもいいんだ。
 ぱちん、ドライヤーのスイッチが切れる音が僕の思考も遮る。最後に二三度髪をすいて、改めて空がこちらを振り返る。
「じゃあるー君、おやすみ」
 邪気も敵意も無い、ただの友人に向けるような気の抜けた笑顔。ああ、腹立たしいったらありゃしない。
「……おやすみ」
 僕はお前のライバルにすらなれないのか。

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