小説

REVERSE Spring tour 2021 -迎えに来たよ、お姫様- その裏側

letm_official
R18/BL/水方ユキ×朔宮影縫

水方ユキと朔宮影縫のアイドルユニットREVERSのツアー初日、そしてその裏側の二人の様子を小説にしました。女子顔負けのキラキラアイドルなのに案外雄っぽいユキちゃんに、ステージ上でのみ王子様になる陰キャアイドル縫ちゃんが、アンアンにゃんにゃんさせられるお話です。

 開演を今や遅しと待ち望む観客の静かな熱気は、舞台裏にまで伝わってくる程だった。
 この春行われる単独公演ツアーの初日、しかも日本最大級の大型ドームが皮切りともなれば、ファンの期待値も相当なものになってくる。各種メディアでの広報活動も相まってチケットは全席完売。何万人ものワクワクのエネルギーが、今まさに、ハコいっぱいに詰め込まれて溢れ出さんばかりの状態だ。肩透かしなどもっての外。絶対に失敗出来ない大一番を控えた開演直前の裏方は、殺気立っているともとれる独特の緊張感に満ちていた。
 そんな、大勢のスタッフが忙しなく行き来する舞台裏にて……煌びやかなステージ衣装に身を包んだ黒髪が一人、ちんまりと蹲っていた。
「……はぁ……出たくない出たくない出たくない…………」
 明らかに演者であろうという格好にも関わらず、重ッ苦しい空気をしょいこんでいる彼。何を隠そう彼こそが、今まさに始まろうとしているライブの主役、大人気アイドルユニット「リバース」の片割れの朔宮影縫である。
 ……とはいえ、この本番直前のアイドルらしからぬ陰気なオーラ。さらに、俯いているせいで目元は前髪に隠れ、口から鼻にかけてを大きなマスクで覆い隠しているものだから、顔立ちも伺い知る事が出来ない。ステージ衣装を着ていなければ、間違いなく彼がアイドルだなんて思わない。誰一人として思わない。裏方スタッフの一人だと言われても、「そうですか」と満場一致で納得されてしまうだろう。
 そう。影縫はアイドルなのに表舞台が苦手だった。アイドルなのに出来れば裏方に回りたい性質だった。注目されるとかマジ勘弁。自分縁の下でサポートするんで後はよろしくお願いします。その気質のせいで、毎回ライブ前には一人で勝手にグロッキーになってしまうのだ。ここまで来ると何故アイドルをやっているのか理解に苦しむレベルだが、一つ理由を上げるとするならば、彼の容姿を芸能界が放っておかなかったからである。
 ともあれ、そんなスタッフさんすら声をかけるのも憚られる様子の影縫に、大股で近づく足音があった。
「ちょっともおぉ!! この期に及んでアンタはいい加減にしなさいよ!! もう出番だっつーの腹括れやッ!!」
 怒号と共に影縫の胸倉を掴み上げたのは、リバースのマネージャーを務めている仁亜だ。仕事が出来るのは勿論の事ながら、裏方にしておくには勿体ないくらいの美女で、ついでにおっぱいがめちゃめちゃ大きい。「美人過ぎるマネージャー」として雑誌で紹介された事もある。
「あとメイクした後にマスクをするなって毎回言ってんだろメイク落ちるでしょうがっ!」
「だってこの方がパーソナルスペース保てる気がして落ち着くし……」
「取れ! 今すぐ取れ! 本番まであと五分も無いのよメイクさんに今すぐ見せなさいっ!!」
「仁亜さん落ち着いて! 衣装の胸倉掴むのもまぁまぁアウトです!!」
 影縫をガクガクと揺さぶる仁亜と、それを慌てて止めに入るスタッフさんという、ライブ直前とは思えない漫才のような光景が繰り広げられる。そこへ、軽い調子の笑い声が割り込んできた。
「出た〜影縫のライブ直前ルーティン!」
 声の主は、明るい色のステージ衣装を着た青年だった。ほとんど白に近いプラチナブロンドに、透明感のあるアイスブルーの瞳、黙っていれば人形のように整った面差しの、色素の薄い美青年だ。それに加えて、可愛げのある表情とキラキラしたオーラはまさにアイドルのそれ。絵本の中の王子様がそのまま現実に現れたかのような風貌の彼こそが、リバースのもう片割れの[[rb:水方 > みなかた]]ユキである。色味といい気質といい影縫とはまるで正反対なユキは、今から大観衆の前に立つとは思えぬ気楽な様子で相方にスマートフォンを向け始めた。
「つぶったーに上げちゃお~っと」
 薄暗い中でじめじめしている影縫の姿に、自分をフレームインさせた写真をSNSに投稿するや否や、瞬く間にリアクション数が伸びていく。
「ユキも遊んでないで何か言ってやってよ! ライブ前に相方が毎回キノコ生やしててヤになんないわけ!?」
「ん~……影縫はスロースターターだし、これも含めて愛されてるからいいんじゃないっすか?」
 ヘアメイクさんに本番直前のお直しをされているユキのスマホ画面では、投稿に対して「影縫君かわいい~」「いつものヤツですねw」「これで本番格好いいから沼深い」等々、ファンからの肯定的なコメントがリアルタイムに書き込まれていた。そして言うまでもなくステージ衣装姿のユキへのお褒めの言葉もずらり。嬉しくないはずがなく、思わずふふふと笑みが零れた。
『本番行ってきま~す! オンラインの皆も一緒に盛り上がろ~♡』
 最後にお手本のような一言を投稿し、彼はスマートフォンを下ろした。
 さて振り返れば、マスクを外した影縫が、今しがたまでの自分と同じく髪の一束に至るまで入念な手直しを受けている最中であった。観念したのだろう。静かに瞼を下ろし、されるがままでスタンバイ位置に立っている。ユキのような華々しいアイドルど真ん中オーラこそ無いものの、そうして大人しくしていれば、成程彼も相方に勝るとも劣らぬ存在感があった。
 艶やかな黒髪、きめ細やかな肌、長い睫毛に、すっと通った鼻筋と、小ぶりながらもうるりとした唇。繊細な造りのパーツ一つ一つが、小さな顔にバランスよく配されている。童顔にも関わらずそこはかとない色気が香り、しっとりとした美しさの持ち主だ。ユキの色味を反転させたようなダークトーンのステージ衣装も相まって、まさに二人で一つの作品のようだった。
 陰と陽、白と黒、明と暗、表裏一体を体現しているかのようなこの二人だからこそ、ユニット名にREVERSE。そしてもう一つ、二人の存在によって全ての女性がお姫様として生まれ変わって欲しいという、「Re birth」の意味も込められている。
 念仏のようにセットリスト一曲目の歌詞を呟いている相方の隣に立ったユキが、ふざけ半分その背中を叩いた。突然の一撃に息が詰まる音に次いで、じろりと、非難がましい目線が流される。
 そこに先程までの弱弱しい色は無かった。凛とした光が宿る、アメジストのような深紫色だ。お、スイッチ入れたな。その目を見て愉快そうに八重歯を覗かせるユキ。本番直前ギリッギリまで出来ないぶりっ子を続けるクセに、いざステージに上がれば、これが詐欺のように観客を魅了するもう一人の王子様へと化けおおせるのだ。本人は至って真面目に神経質になり、そして至って真面目にやる事をやっているだけだろうが、ユキにとってみればこの落差、もはやライブの度に見せられる一種のショートコントでしかなかった。
(ま、それが面白いんだけど)
 そしてこのスイッチの瞬間を見られるのは、舞台裏で最後の最後まで隣に立っている、ユキだけの特権なのである。
「だ~いじょうぶっすよ! 影縫が失敗しても俺がなんとかするから! なっ!」
「……緊張はするけど失敗はしてやらない。お前こそ歌詞飛ばすなよ」
 懐っこい笑顔と共に差し出されるユキの手のひらに、影縫の手のひらが力強く打ち付けられた。
 
 場内が暗転する。
 ぴん、と空気が張り詰める。
 開演前のさざめきは徐々に鳴りを潜めていき
 全ての観客の視線が、意識が
 ステージ上ただ一点へと注がれた。
 
 スクリーンにライブのメインビジュアルが映し出され、大音量のイントロダクションが静寂を打ち破る。途端、客席の温度が一気に上昇した。さらにレーザービームが空間を横切る演出に、わっと驚きの声が上がる。
 そうしてボルテージが高まった所で、中央スクリーンの映像を背にせり上がってくる二つのシルエット。一人、また一人とそれに気づき始め、場が徐々に沸き立ち始める。
 
 スポットライトが正面から二人の姿を照らし出したその瞬間、いよいよ建物を揺さぶらんばかりの歓声が、ホール全体を埋め尽くした。
 
 
 
 ◆
 
 
 
「おつかれ~~~~!!」
「おつかれ」
 ぱんっ!! 緊張の解けた舞台裏で、開演直前同様ハイタッチを交わす二人。ユキはスッキリとした満面の笑みを浮かべており、影縫も満足そうに口元を綻ばせている。
 舞台に上がった二人は勿論の事、照明、音響、特効、その他スタッフ全員の努力の集大成により、ライブは大成功のうちに幕を閉じた。
 ユキが笑って手を振れば、視線の方向から黄色い歓声が上がり、影縫が目線を流して手を差し出せば、観客がうっとりと息を飲む。本番前はあんなにグズグズ言っていたくせに、いざステージに上がってしまうとドヤ顔で愛の言葉を囁く事も厭わない影縫の豹変っぷりに関しては、毎度の事ながらスタッフ全員の心が一致した。「お前誰だよ」と。
 新旧楽曲をまんべんなく取り入れたセットリストと、二人それぞれのソロ楽曲、曲調に合わせた衣装チェンジや、採算度外視の特殊効果等、ファン歴の長さを問わず楽しめる演出は、会場はもとよりオンライン参加の観客からも大好評。さらに極めつけはアンコールで、いつ歌われるのかと会場中が期待していた代表曲のイントロが流れ、この一曲のためだけに仕立てられた衣装に着替えた二人が、左右それぞれの客席通路に現れた時の熱狂たるや。予想だにされていなかったサプライズ演出にファンからは悲鳴のような歓声が上がり、間近で二人に微笑まれた女の子などは感極まって泣き出す始末だった。
 
 そんな、ツアーの今後を左右する大仕事を成功させ、関係者への挨拶も済ませ、シャワーを浴びて小ざっぱりした二人は、ようやく楽屋でほっと一息ついていた。ちなみにユキはイメージに違わぬハイブランドのきれいめニットに着替えているが、影縫は土産物屋に売っていそうなクソダサパーカーと高校時代のジャージ姿だ。ステージ上で夢を売り終わった途端にこの体たらく。こんなのファンには見せられない……と言いたい所だが、先のユキのSNS投稿からも伺えた通り、影縫はこういう部分もアイデンティティとして受け入れられてしまっている。
 ライブのハッシュタグがつけられた投稿を嬉しそうにチェックするユキと、お菓子をつまみながらソーシャルゲームに勤しむ影縫。それぞれの過ごし方で静かな時間が流れる楽屋に、こんこん、とノックの音が響いた。
「おう二人ともお疲れさん」
「あっ、武蔵さんお疲れ様です」
 入ってきたのはブラックスーツ姿の男性だった。ユキは愛想よく返事を返したが、影縫はスマホから顔を上げようともしない。おおかたいつも通りの光景である。
 武蔵は二人が贔屓にしているシークレットサービスだ。ライブを始めとしたイベント会場の警備、及び移動時の身辺警護は、基本的に彼が陣頭指揮を取っている。
 警護仕事のクオリティが高く、サービス業という観点から見ても行き届いており、「これ武蔵の仕事じゃないよな……」って事でも、とりあえず相談すれば何かしらの対応を考えてくれる。そこに居るだけで安心感が半端ない、ガチで頼れるイケメンお兄さんだ。
 事務所からもイベントスタッフからも信頼されていて、二人とフランクに話せる関係性を築いており、ついでに言うと、影縫とはプライベートでも顔馴染みだったりする。
「見てたぜ〜。お前相変わらずライブ中は別人になるよな」
「ステージ見てないで仕事しろ」
「仕事で見てんだよどうやったって目に入るだろうが!」
 すっかりいつもの調子に戻った影縫が、鬱陶し気に武蔵を一蹴した。まぁ、これも見知った仲だからこその対応だと言える。次いで武蔵の視線はユキへと。
「しっかしあのアンコールの演出やばかったな。号泣して動けなくなる子があっちこっちに居たせいで退場の誘導滞ったんで今度から控えてくんない?」
「またまたぁ~。それでも武蔵さんならやってくれるって信じてるっすよ~」
 観客が円滑に出入場出来る移動導線の確保もさることながら、二人が客席に降りるなんて演出が出来るのも、優秀な警護スタッフありきの物種に他ならない。感謝の念も込めつつ、ユキが舞台上とそう変わらぬ笑顔を贈ると、武蔵からは苦笑のみが返された。
「今念のため部下にホールの外周と駐車場までの道回らせたけど、特に問題無さそうだった。帰りたかったらもう送迎の車出せるけど、どうする?」
 二人は関係者以外立ち入り禁止エリアの駐車場から車に乗り、そのまま外に出るため滅多な事は無いのだが、熱量の高すぎるファンというのはどこにでも居るもの。気を配りすぎるくらいで丁度いい。とは、他ならぬ武蔵の意見である。芸能関係者の顧客も多い武蔵だからこその目線で、真に顧客の事を考えた提案をしてくれるので、事務所も安心して大看板の二人を任せている訳だ。
「それなんすけど、武蔵さん、今日って仕事の終わり時間とか決まってたりします?」
「全日雇われてるんでお前らの都合に合わせて対応しますよ。何かあんの?」
「じゃあ帰る前に影縫と話したい事あるんで、しばらく楽屋に誰も近づけないで貰っていいっすか?」
「何だそんな事? 了解。何かあったら連絡くれな」
 ユキの相談に快諾した武蔵が踵を返し、楽屋を後にした。

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