小説

花束よりも、宝石よりも、手作りチョコレートよりも

letm_official
注釈/カップリング/等

2019年2月にpixivに投稿したものです。バレンタインにモダモダする月影さんと武蔵君。

 日用品を買い出しにショッピングセンターへ赴いた折、その売り場を見つけた。
 本来は広いホールになっているスペースに、今は様々なショップのチョコレート菓子やハンドメイド用の道具が所狭しと並べられている。その一角は、下は小学生と思しき女児から、上は白髪のおばあ様まで、様々な年齢層の女性で大盛況である。
 天井から吊られているのぼりには、リボンやハートが可愛らしくあしらわれ、「バレンタインフェア開催中」と、非常に分かりやすく書かれていた。
 本来なら貰う側であるはずの月影が、その光景を見て足を止めてしまったのは、ちらりと、パートナーの存在が脳裏を過ったからに他ならない。
(…いやいやいや)
 しかしすぐに、何を考えているのだと頭の中で笑い飛ばす。それなりに常識知らずで図太い自信はあるのだが、いくらなんでもあの売り場に入っていくだけの度胸は持ち合わせていない。それに武蔵とて、チョコレートを贈ってくれる相手には不自由していないはずである。いくらパートナーとはいえ、こんな年増の男にプレゼントされては微妙な気分にもなるだろう。大体何でナチュラルに自分があげる側に立って考えてるんだそこもまず気持ち悪い。
 というわけで、総合的に考えて「自分で自分が気持ち悪い」という結論に至った月影は、さっさとその場を離れて食料品売り場へ。とはいっても自分で料理はしない(というより出来ない)ので、武蔵にアレとコレとソレは買い置きしておきなさい! と申し付けられている物と、後は飲み物を購入する目的である。
「…あ」
 と、アレはどこにあるっけな…なんて探している最中、気になる物を見つけた。
 某有名なお菓子メーカーの、プレッツェルにチョコレートが掛かったお菓子。他でも無い自分の息子が大好きで、しょっちゅう摘まんでいたのを覚えている。今でも毎日のように食べているのだろうか。
 なんて、懐かしい思い出が過ったりもしたのだが、今現在月影の考えはそれとは別の場所にあった。
(…これなら…)
 手に取り、買い物かごへと入れてみる。調味料や飲み物のペットボトルに混ざって、そのチョコレート菓子は、違和感無く場に馴染んでいた。
 可愛らしくちんまりと周囲に溶け込んでいるその様子を見て月影は思った。これイケる! と。
 かくして少々ドキドキしながらお会計を済ませ、チョコレート菓子を片手に帰路についたのであった。
 
 ♡ ♡ ♡
 
 とはいえ矢張り、可愛くラッピングされた一粒ウン百円のチョコレートが、一箱二百円にも満たない大量生産のチョコレート菓子に変わった所で、この日に渡すという行為自体の意味が薄らぐ訳でもない。
(…ああ、年甲斐も無いし、ガラでもないし…)
「あっ、月影さーん!」
 軽く後悔しながら片手に持ったそれを眺めていると、背後から声が掛かった。びくりと身を震わせて鞄に仕舞い、何事も無かったかのように振り返る。
 居たのはコトハだった。会社に入ってまだ日が浅いものの、持ち前の愛嬌とかわいらしさですぐに職場に馴染んでしまった、武蔵にべた惚れの後輩である。
「おはようございます」
「おはようございますっ! これっ、月影さんにもバレンタインのプレゼントです~」
 コトハはにこにこ笑いつつ、大きな紙袋から、手のひら大のピンク色の箱を取り出した。
「いいんですか?」
「はい! 月影さんにはいつもお世話になってますから。それよりっ! 武蔵先輩まだ来てませんか武蔵先輩!」
 キラキラとした目で問いかけてくるコトハちゃんは、「先輩には特別に考えて買って来たんです!」とか「先輩喜んでくれるといいなぁ~」とか、ほっぺを桃色に染めて、これぞ恋する乙女といった風情である。
 ちなみにコトハは、武蔵と月影の事を知らない。武蔵曰く「アイツには言わない方がいい。惚れただの腫れただの言う若い女っていうのはモーモクで周りが見えねぇモンだ。俺に対するソレが、ただの憧れ以外の何もんでもねぇって気付いて彼氏でも作るまで、そっとしとく方がいいんだよ」とか何とか。月影からしてみれば、武蔵の自分に対するソレも、憧れがヘンな風に取り違えられてしまった物のような気がするのだが…そんな事を言い出すと武蔵のお怒りに触れそうな気がするので黙っておいた。それに、自分も今更そんな事を言い出す程野暮でもない。それでも
「ありがとございます」
「どういたしまして!」
 お礼を言って、それに対して満面の笑みを見せるコトハちゃんに、ほんの少しも胸が痛まないと言えば嘘になる訳で。
 少し早目についたデスクで、はぁ、と、溜息を零した。
 何であの子ではなく自分だったのだろうかと、今まで何度も考えすぎた事を再び考えてしまう。卓上に置かれたピンクの小箱が、私はこんなに堂々と可愛いチョコレートをプレゼント出来るのよ。羨ましいでしょフフン。なんて、コチラをバカにしているような気がした。
「…バカバカしい」
 ぽつりと口の中で零した所で、ガチャリと扉が開いた。顔を出したのは、武蔵である。…何故か、小脇にやたら大きな茶色のボトルを抱えている。
「武蔵君、おはようございます」
「おはよーございます」
 入って来るなり武蔵は、月影の机の小箱に気付いたようである。ふぅんと声を漏らして目を細めた。
「へぇー、月影さん、早速貰ってやんの。誰からですか~それ」
「ああ、これね。コトハさんがくれたんです。武蔵君も貰ったでしょう?」
「オイちょっと待てぇっ! 何で月影さんには普通の寄越してんだよおかしいだろ! 俺なんてコレだぞ! 本命がコレって明らか考え過ぎのこじらせすぎだろ!」
 先程から月影も気になっていたボトルを乱暴に机に置く武蔵。見ればそれはどうやら、ハー○ーズのチョコレートソース(業務用)のようであった。
 …しょっちゅう変わったことをしでかすコトハであるが、今回も中々ジャブの効いたプレゼントを用意していたらしい。
「わぁ…特別感が凄いですね。色んな意味で」
「ホンットもう、普通に可愛いのくれよ頼むから。考えなくていいから。サプライズとかいいから。大体こんなにチョコレートソースあっても使いきれねぇから!」
「武蔵君、そんな事言っちゃダメですよ。何をどう考え過ぎてそういう結論になったかは分かりませんけど、コトハさんなりに一生懸命君の事を考えてやってくれた事なんですから」
「大人としてマトモっぽい事言ってますけど、あんたも一遍業務用のチョコレートソース貰ってみろ! 困惑しかしねぇよ!?」
「うっせーなぁ。いいオッサンが朝っぱらからぎゃんぎゃん喚いてんじゃねぇよ騒音で訴えんぞ」
 と、そんなやりとりの中に紬が出社してきた。「あ゛?」ぎろりとそちらを睨みつける武蔵と、普通に「おはようございます」と挨拶する月影。今日も月影班はおおむね平和のようである。
 武蔵にヤーさんもビックリなガンを飛ばした後、コロリと表情を変えた紬は月影へと歩み寄っていった。にこにこと機嫌良さそうに笑いながら、徐に大きなギフトボックスを取り出す。
「月影さーん、これ、バレンタインのプレゼントです」
「うわ、いいんですかこんなに大きなの」
「いいんですいいんです。月影さんにあげるんだーって作ってたら、旦那まで俺も俺もとか言って作り始めて、柚子までクッキーの型抜きし始めて、結局家族三人分が入ってるんですよね~」
「琥太郎君にはちゃんとあげたんですか?」
「勿論です。まぁ、月影さんにあげたのと同じヤツなんですけどね。つーかいつもバレンタインは旦那がアタシにくれるのがウチのメインイベントなんで。今夜あたりゴディバのデカイ箱と腕によりをかけたご飯が用意されてるのを期待してます」
 嬉しそうに語る紬に月影が笑い、「ご馳走様です」と。チョコレートに対してと、惚気に対しての、両方の意味である事に紬は気付いていないだろう。
「それより武蔵ィ、オメーはバレンタインのチョコレート貰えてねぇの~?」
「コトハから貰ったっつーの」
「そのチョコレートソースが? 武蔵、アンタ若い子にからかわれてんだよ。可哀想になぁ。だってアタシもコトハちゃんから、こんな可愛いの貰っちゃったから」
 紬が取り出した箱は、月影が持っていた物と全く同じであった。恐らくアレがコトハちゃんの義理チョコ&友チョコなのだろう。
「まっ、でもぉ? アタシは優しいからな。そんな可哀想な武蔵にコレやるよ」
 言いつつ、武蔵のデスクに小さな包みが置かれる。月影への物と比べるとかなり遠慮がちなサイズではあるのだが、可愛らしくラッピングされている所を見ると…。
「エエッ!? キモッ!!」
「ンだとコラぶっ殺すぞ!?」
 恐らくバレンタインプレゼントであろうそれを見て、武蔵はとりあえず両腕を搔き抱いて震えあがった。その後「大丈夫なのか? 毒とか入ってんじゃねぇだろうな」と疑ってかかり、紬はミシリと拳を軋ませる事になる。コイツやっぱり殴り殺していいかな?
「あーもう、はいはい、喧嘩しないで下さいね~。武蔵君、普通に可愛いの貰えてよかったじゃないですか」
「あの、さっきから気になってたんすけど、何で俺がチョコレート貰えないちょっと可哀想なヤツみたいな扱いされてんの? 悪ィけど毎年人並み以上に貰ってるからな!?」
「言っとくけどな、ホントに貰ってる奴はそんなみっともない事言わねぇよ? 月影さん見てみろ。この余裕たるや。本当にモテる男っつーのは、バレンタインを歯牙にもかけないぐらいの態度で構えてんだよ」
「え? でも私も、チョコレート貰えると普通に嬉しいですよ?」
「月影さんは黙って『その通り!』みたいな顔してて下さい! 折角武蔵を精神的に追い詰めてる最中なのに話の腰を折るな!」
「ええー…」
「つーか別に追い詰められてねぇよ。テメェのしょっぱい煽りで何を追い詰めるって言うんだ? 自意識過剰もいい所だなぁオイ」
「あ? やんのかコラ」
「上等だ表出やがれ。三分でカタつけてやるよ」
「はっ、三分でカタぁつけるぅ? 三分でノされるの間違いだろうが。銃が無いと何もできないトリガーハッピーが」
「テメェなんぞ、銃が無くても殴り倒せるんだよ。ゴリラの一匹ぐらい素手でも訳ないわ」
「だーかーらぁ…」
 スパァン!! 一瞬即発といった様子で睨みあう二人の後ろ頭が思いっきり叩かれた。勿論出所は、月影である。
「喧嘩しないで下さいって言ってるでしょう」
「「はい…」」
 頭を押さえて震えつつ蹲る二人。何だかんだ言って、上司には逆らえないのだった。
 
 ♡ ♡ ♡
 
 そんなこんなで一日の仕事を終え、後は帰宅するだけとなった時間帯。
「つーか月影さん、ホンット女にモテるよな。羨ましいっつーか、ムカつくっつーか」
 ミーティングのために着用したスーツから着替えている最中のロッカールームで、若干ぶすくれた様子の武蔵が切り出した。
「今日だって、結局俺よりチョコレート貰ってるしさ。どーせこの後とか明日とかにも、何だかんだポロポロダラダラ貰ったりすんだろ? この天然タラシが」
「そんな事言って、武蔵君もでしょう? 言う程差なんてありませんよ」
「それでもアンタに数で負けるのは何か悔しいの!」
 男の子らしい見栄をはる武蔵に苦笑が零れてしまう。結局あのチョコレート菓子は、未だ鞄の中である。でも、もうそのままでいいような気もしてきた。これは所詮女性主体のイベント事なのである。男は受け身で、貰った数の背比べでもしていればそれでいい。何、この菓子は、持って帰って自分で食べればいいだけだ。影縫が今度来た時用に残しておいてもいいだろう。別に、大した事じゃない。
「それに」
 なんて考えて自分なりに納得していると、隣で武蔵がぽつりと呟いた。
「俺、結局本命からは貰えなかったし。すっげー惨め」
 唇を尖らせつつ、ぼそぼそと言いづらそうに述べられた言葉。それを聞いて月影は、目を丸くした。
 ちらりと月影の方へ目線を流した後、武蔵がロッカーを閉める。「じゃっ、お疲れ様っしたー」なんて、それっきり、今しがた呟いた事など無かったように踵を返してしまう。
「あ…あの!」
 そこで月影は、咄嗟に武蔵を呼び止めた。
「えっと…もし良かったら、コレ…食べます?」
 振り返った彼に対して、鞄の中から取り出した、薄っぺらい紙箱を差し出す。目の前の表情が、あからさまに驚きに彩られていくのが分かった。
「え…マジで…?」
「あっ、いや、偶々です! 偶々……影縫が好きだったのを思い出して、この間買い物の時久しぶりに買ってみて、買い置きしておこうかなと思って…えっと、それで…鞄の中に入れっぱなしだったんです…」
 羞恥に自分でも何を言っているのか分からない状態になり、文章が滅裂になっているのは感じていた。それは武蔵も同じのようで、ぽかんとした表情が、徐々に笑みに変わっていき、最後にはぷっと噴き出してしまう。
「…へぇ。特に遊びに来る予定も無い息子さんのためにお菓子を買って、家に置いておこうかと思ったら、何故か仕事用の鞄に入れっぱなしになってたっつーワケですね」
「そ…そうなんですよ。それで、もし武蔵君が欲しいなら、丁度鞄の中にあったし、こんな物でよければと思って…」
「月影さん」
 勘付かれても尚、言い訳を並べ立てる月影の言葉を、武蔵が遮った。
「俺のために買ってくれたのな?」
「…ぅ…」
「そうなんだろ?」
 ずばり問いかけられ、視線を右に、左に、泳がせる。しかし、真っ直ぐな目線の前で嘘をつくのも憚られ、後はただ単に、苦しい言い訳をする自分にもみっともない物を感じて、結局月影は、首を縦に振った。
「…ガラにもない、とは、分かっているんですよ? でも、もしかしたら武蔵君が喜ぶかもしれないとも思って…」
「ンなもん、嬉しいに決まってるじゃないっすか~。あー、ヤベ。月影さん可愛すぎだわマジで。良かったらこの後、コトハから貰ったチョコレートソース使ったプレイとかします?」
「何言ってるんですかいきなり」
 流れに任せて武蔵がサラッととんでもない事を言い出したので、それに関してはスッパリと切り捨てておく。「冗談ですって~」と言っていたが、ちょっと残念そうにも見えたのは気のせいであって欲しい。
「ありがとうございます。でも、こりゃあ勿体なくてしばらく食えませんね」
 賞味期限ギリギリまで取っとこうかな~。なんて冗談めかす武蔵に、馬鹿な事を言わないでさっさと食べて下さいと笑って返す。
「あ、あと、紬さんには黙っておいて下さいね。武蔵君だけズルいとか言い出して、絶対に喧嘩になるでしょう?」
「何その兄妹の片方にだけお菓子買ってあげたお父さんみたいな言い分! 言う訳ねぇだろ、俺だけの思い出として噛みしめるわ」
「はい。そうして下さい」
 武蔵は赤い紙箱を、ついうっかりと顔が緩んでしまうといった様子で、本当に嬉しそうに眺めていた。瞳はきらきらと光を反射して、頬だって少し、高揚しているような。その様子はまるで、大好きな女の子から手作りのチョコレートを貰って、喜びを抑えきれずにいる男の子のようだった。
(……きれい)
 月影は、彼のこの、手つかずのまま大切に育まれた純粋さが覗く瞬間が、大好きだった。普通の人間は大人になるにつれ捨てていってしまうようなものを、武蔵は沢山持っている。その欠片をふとした瞬間見せられると、こちらまで何とも言えない気分になってしまうのだ。
プレゼントして良かった。武蔵の横顔を眺めながら、月影も、口角を綻ばせた。

こちらもおすすめ

病める時も健やかなる時も
病める時も健やかなる時も
それでも生きていく Ver.月影
それでも生きていく Ver.月影
記事URLをコピーしました