小説

推しのファンアートを見ていたはずが、いつの間にか腐男子になっていました。

letm_official
R18/BL/水方ユキ×一色紅

アイドル候補生水方ユキのマイブームは、元トップアイドルでもある事務所社長、一色紅のファンアートを眺める事だった。だがある日ひょんな事からナマモノBL作品を見つけてしまい、そこからズブズブと腐男子の道に足を踏み入れていく。

  スマートフォンに映し出されているのは、赤い髪のアイドルのファンアート。
 鉄板のライブ衣装。ときめいたシーンのイラスト化。こんなお洋服来てくれたらいいなという願望。仲良しスタッフさんとのほのぼの漫画。見れば見る程ときめきと萌えが詰め込まれた宝箱を前にして高揚感が抑えきれず、俺はごろんごろんとベッドに転がりながら身悶えた。
「はあぁぁ~~~~……尊いッ……!!」
 ご存じ一色紅限界オタクの水方ユキ、現在のマイブームは、推しのファンアートを眺める事である。
 
 そもそも紅さんのファンアートがある事自体は前から知っていた。ただ三次元の写真集やライブ映像があるのに二次元的な創作物を見る理由もないため、全く興味が湧かない状態だった。だが紅さんはもうアイドルを引退している以上、その供給はいつかどこかで底をつく。過去の出版物を見返すだけでなく、目新しさが欲しくなってくるのもまた事実。そんな時にふと思い出したのが、ファンアートという選択肢である。検索をかけて上位にヒットしたイラスト投稿サイトをキッカケに、一気に転がり落ちてしまった。
 そのサイトは、アカウントさえ作れば自分の描いたイラストを誰でも自由に投稿出来る、創作特化のSNSのような場所。これがたかがSNSだとあなどるなかれ。リアルに寄せているものもあれば、可愛くデフォルメしているものもあり、作風こそ多様だがどれもこれもプロかと思うくらい上手なイラストがゴロゴロと転がっている。
 当然描いている人はみんな紅さんのファンなので、表情やポージングまでいかにもそれっぽく、見ていると「そうそうこれこれ解釈一致〜〜〜!!」と画面の向こうの作者様と語り合っている気分にすらなれる。ライブの感想をイラストでまとめている人も居たりもして、自分と全く同じ部分が刺さっていれば嬉しくなり、ノーマークだった部分がピックアップされていると新たな発見に頭を抱えて身悶える事ができる。
 そして何よりさすがは稀代のトップアイドル。引退して時間が経った今になってもなお毎日のように創作物が更新され続けているので、いつでも新鮮な作品と解釈を拝む事ができるというわけだ。なんだこれは。ここが天国だったのか。
 というわけでここ最近の俺はもっぱら、紅さんのファンアートをほくほくと楽しむ日々が続いていた。そもそも現物が身近に居るのになぜ創作物を拝むのだと思うかもしれないが、普段の紅さんはあくまで紅さん。アイドルとしての一色紅様は、すぐに俺のお尻を触ってくるセクハラヤニカスおじさんとはまた別物だという俺の絶妙なオタク心もご理解いただきたい。

 
 さてその日もお風呂上がりに、髪を乾かしながらいつもの投稿サイトを開いた。お気に入り作家さんの新作が投稿されていたので、光の速さでブックマーク。今日も美しい紅様をありがとうございます眼福です。
「……?」
 と、そこで画面下部のオススメイラストに目がいった。このサイトではイラストを閲覧すると、関連性のあるイラストを自動で紹介してくれるのだ。そのおかげで紅様巡りが捗るためとても助かっているのだが……。
 サムネイル画像で切り取られているパーツは明らかに紅さんなのに、内容をぼかして表現されているのが思わせぶりで気にかかる。その上絵柄が良さそうだったので益々興味をそそられて、特に深く考えもせずタップした。
 開かれたのは漫画作品。絵は綺麗めカッコいい感じで、リアルの紅さんに寄せててすごく俺好み。だがその内容はというと……紅さんが仕事を取るためにテレビ局のお偉いさんと寝る枕営業の様子が、やたら臨場感のある擬音も交えて数ページに渡り表現されていたのである。
(え? え!? 何これ……!?)
 これは明らかに今までのファンアートとは毛色が違うと察しながらも、一方で続きが気になり目が離せない。しなっぽい表情で男にすり寄る紅様。お尻に食い込むごつごつした指先。媚びっ媚びのハメ乞い台詞。白濁液で汚される肌……。動揺と苛立ち、そしてほんの少しの興奮から胸を高鳴らせながらページをめくっていき、結局最後まで読み終えた所で、俺はわなわなと震える手で一度スマホを伏せた。
「どういう事!? 紅さんこんな事してないもん!!」
 そしてやり場のない想いを宙に向かって吐き出した。
 こんなの絶対だめだって! 良くない良くない!! だって紅様はアイドルなんだよ!? 妙な妄想してそれを絵にするなんてダメに決まってるじゃん!!
 第一紅さんは! 枕営業なんてしなくても仕事がバンバン来るような人だったから、こんな安っぽいプロデューサー相手に媚びて股開いたりしてないもん!! 寝るとしたら目先の仕事一本のためだけじゃなくて、人脈もご縁も広がるようなもっとでっかい企業の会長さんクラスだもん!! ソースは他でもない本人です!!
 ほんと有り得ない!! この人他にはどんな馬鹿みたいな妄想してるわけ!? ちょっと見せてみなよ紅さんの恋人のこの俺直々に精査してやるんだからな!!
 
 そして気づけばカーテンの隙間から朝日が差し込み、ちゅんちゅんとスズメの鳴く声が聞こえていた。
 結局……完徹で紅様のえっちぃの漁りをしてしまった……!!
(まさか……まさか俺の紅様が……不特定多数からこんな風に視姦されていたなんてっ……!!)
 夜通し見漁った作品達、事実無根なのはもちろん分かる。いや、一部紅さんならやりかねない事も含まれてたけど、だとしても作者の妄想でしかないだろう。だけど……事実無根だからこそ、そこには創作物でしか生み出せない夢があった。公には口にされないが、水面下で紅さんに向けられている世間の下心や邪な目線がすごい熱量で詰め込まれていて、こちらまで興奮が伝播してくる。ものすごくエッチな表情で脚色されて、多種多様な性癖の餌食にされている紅さんを見ていると、俺の中の新しい扉が次々とこじ開けられていく感覚があった。本来知るべきではなかったはずの魔境を、俺は一晩かけてじっくり垣間見てしまったのだ。
「……学校行かなきゃ……」
 ただ俺が知らなくてもいいはずの世界を知ってしまったとしても、何も変わらず日常は続くわけで……眠い目を擦りながらひとまずスマホを置き、のろのろと洗面台へと向かった。だが、その日の授業に集中なんて出来るはずもなかったのは言うまでもない。
 
 
 身の入らない勉強を終えて放課後になり、アイドル候補生としてのレッスンも終わった頃である。俺の中で勝手に渦中の人物になっている紅さんが、ふらりとレッスン室に顔を出した。
「お〜っす、ユキちゃんおはよ〜♡」
 他の子達に挨拶したりちょっかいをかけたりしながら俺の方まで歩いてくる紅さん。その顔を眺めていると、昨晩の不埒な画像のあれこれが脳内にフラッシュバック。一瞬で俺の顔面はユデダコさながらになり、頭から煙が噴き出した。
「ッ……おはよう……ございますっ……!!」
「おっ、なになに今日も紅さんが格好良くて照れちまったの~?」
 俯きながら顔を覆って返事をする俺に、紅さんがいつものナルシスト解釈をしてくれたのがせめてもの救いだった。何せ今目の前にいるのはトップアイドル紅様の中の人。つまりこれが……あんなエッチな目にあって……なんやかんやで……そうなるって事で……!! こんなのもう心臓に悪いやら後ろめたいやらで直視出来ない。ああごめんなさい紅様! 結局一晩中あんなやましい創作物を見漁ってしまった俺も同罪なんです!!
「なぁユキちゃんこの後時間あるだろ? メシ連れてってやるよ」
「ほえっ!?」
「こないだ話したステーキの店、お前食いついてたじゃん。いこーぜ」
 しかし紅さんは俺の頭の中など知る由もないわけで、朗らかに笑いながらそんなお誘いをしてくれた。いつもなら俺の言葉を覚えてくれてた事とか、ご飯デートだやったー! とか喜んでいるはずなのに、今日の俺は残念ながら感情がぐちゃぐちゃすぎてそれどころではない。
「……で~……その後はお家来る?」
 さらにその後俺に向かって身を屈め、声のトーンを落として内緒話をするものだから、相変わらず端整な顔面に、昨晩二次元で見たエッチな表情のあれこれがオーバーラップ。俺は本物の紅さんのエッチな顔すらもう知ってるはずなのに、でも創作物の中には俺の知らない表情も沢山沢山あったわけで……もし、紅さんが本当にあんな顔をしていたらと思うと、もう……!!
「すっ、すみません紅さん! 俺ちょっと宿題溜めちゃっててどうしても早く帰らなきゃいけなくてっ!! 今日はこれで失礼させて下さいっ!!」
「おっ?」
「本ッ当にごめんなさいっ!! また誘って下さい!! 失礼しまあすっ!!」
 居たたまれなくなった俺は、「ごめんなさい」に別の意味も含ませつつ、逃げるようにその場を後にした。

 寮の自室に戻り、打ち上げられた魚のようにベッドに横たわる。当然心の中は罪悪感と自己嫌悪の嵐である。
(最悪だ……折角のデートが……)
 目の前に本物の紅さんが居て、しかもデートに誘ってくれたというのに後ろめたさのあまり一緒に居られないなんて、こんなの本末転倒だ。しかもそれを抜きにしても、さっきの俺の態度は社長相手に普通に失礼だったと思う。紅さんの事だから気にしていないだろうとはいえ、だからと言って何回もやっていい物でもない。
 俺は決めた。忘れる。昨晩見た事は全て忘れて、この先もう二度と目に入らないよう注意して、健全な紅さんのファンアートだけを楽しむ生活に戻る。そう決意して寝がえりを一つ。
「……」
 だけどそのまましばらく天井をながめていると、寝不足の頭にぼんやりと靄がかかり始め、もう忘れると決めたはずの画像アレコレが脳内に浮かんでは消えていく。忘れると決めた途端すっぱりと無かった事に出来るほど、人間の脳は都合よく出来ていないらしい。
(……でも……その前に、あの話だけ気になる……)
 そこでふと、今朝時間の関係で読めずにおあずけになっていた作品の事を思い出す。
 ……心残りがあるままだとズルズル気になってしまうだろうし、最後にそれだけ消化しておいてもいいんじゃないだろうか。その後スッパリと足を洗おう。そうしよう。実に言い訳がましく自分自身に言い聞かせ、スマートフォンを取り出した。
 閲覧履歴を遡り、お目当てのページを開く。サムネイル画像には赤い髪と、見る人が見ればすぐに紅さんのステージ衣装だと分かる服装が映り込み、だけど絶妙に本人だとは断定できないように切り取られている。そして開いたスペースに「例の衣装でモブべに」と、暗号のような文字列も。
 昨日この手の作品を眺めているうちに分かったが、どうやら界隈では健全なファンへの検索除けとして、「紅」を「くれない」ではなく「べに」と読む暗黙のルールが存在するらしい。そしてもし紅さんが突っ込まれる側なら「べに」の前にお相手の名前がきて、「〇〇べに」と表現し(逆もまた然り)、有識者相手に内容を伝えるのが一般的のようだ。つまりこの場合、お相手は特定の人物ではなく名もなきモブさんで、紅さんが突っ込まれる側だという事が分かる。うーん何て便利なシステム……じゃなくて!! けしからん!! 何がモブべにだよふざけんな!! 俺の紅さんに何するつもりだよ!!
 なんて、自分の下心を苛立ちでラッピングしながら画像をタップし、内容を開く。舞台裏らしき背景の中、とあるライブで着ていた衣装姿の紅さんとモブさんがくんずほぐれつしている様子が映し出された。これが影でまことしやかにエッチ臭いと囁かれていたステージ衣装で、俺も密かに「何かえっちだなぁ……」なんて下世話な考えをしつつも見て見ぬフリをしていたものだ。それがさらに体のラインを強調するような生地感とアングルで描かれていて、接写された結合部も相まって、俺の煩悩にダイレクトアタックしてくる。
(うわやば……! えっちすぎ……!)
 昨日は何とか一線だけは超えないように、あくまで作品を検分するというスタンスを貫いていたが、眠たい頭でそのものズバリなシーンを眺めていると、例えイラストだとはいえ股の間がズキンズキンと落ち着かなくなってくる。
(紅様……あんなカッコイイライブの前に、こんなエッチな事されてたんだ……♡)
 片手が勝手に股間に伸びていき、膨らみ始めたソコをズボンの上から撫で摩る。当然これも作者の妄想なのは分かっている。だけど今この時間だけはあたかも現実のように受け止められている方が、俺にとって都合がいいのだ。
(あ♡ あ♡ 乳首、そんな風にカリカリって……♡ これから大勢の人の前に立つのに、ぶっといちんぽでおまんこすっごく広がっちゃってるっ……♡♡)
 指先が勃起乳首を引っ掻く様子と、トロフワアナルをちんぽがほじくり回す様子が、コマ割りでやたら強調されて描かれている。俺自身もそれが気持ちいい事だと知ってしまっているだけに、画面の中の紅さんの快感が容易に想像出来てしまって、ライブ前というシチュエーションも相まってより興奮が掻き立てられた。いよいよ辛抱出来なくなってズボンを緩め、直接ちんぽを握り込む。
(すごい可愛い顔してるっ♡ 紅様がちんぽに負けちゃってるのエッチすぎる♡♡ ライブではあんなにカッコイイのに♡ 裏でこんなとろっとろの雌顔してぇっ……!!♡♡)
 下から舐めるようなアングルで激しいピストンの様子が描かれる。ヌルヌルズポズポエッチな擬音と共に、おまんこになったアナルとちんぽの間に粘液の糸が結ばれる。その表現だけで堪らなく気持ちいいっていうのが伝わってきて、俺の手の動きもどんどん早くなる。その上真っ赤な顔で唇を噛み締める紅さんの表情は、ライブ中のそれとは対極に位置するようなぐずぐずトロトロの雌顔。俺も勿論映像を見た事があるステージ衣装とヘアアレンジで、トップギアになるととんでもなくオラついて客席を煽っていたようなあのライブの裏で、おっぱいを鷲掴みにされながら組み敷かれて、完全に女の子扱いされているなんて……。ライブ映像の記憶と目の前の卑猥な画像が重なり合って、神様を穢している背徳感で興奮が加速する。絶対にこんなので気持ちよくなっちゃダメなのに。紅様が犯されてる画像でオナニーなんてしちゃダメなのに。頭の片隅に追いやられた理性とは裏腹に、体はこの新たな快感を手放そうとはしてくれなかった。
『衣装、よごれるからッ♡ なかにだしてぇえっ!!♡』
(ッ~~~~~♡♡♡)
 眉尻を下げたお顔での中出し懇願の直後に、根本まで突っ込んだちんぽから精液が注ぎ込まれる断面図。それと同時に紅さんも太腿をガクガク震わせながらメスイキと射精の同時アクメを迎えて、俺も画面内の紅さんと一緒に絶頂を極めてしまった。
 ツヤツヤに充血したアナルから、カリ高ちんぽが抜けていく。ヒクヒク蠢く粘膜の奥にザーメンが溜まっている様子が見て取れる。中出しの余韻に浸った恍惚顔。乳輪から膨らんで尖りきってしまった乳首。メスイキ快楽が尾を引いて震えるお尻。ライブ前からしっとりと汗ばんで火照る肌。女の子エッチで気持ちよくイかされてしまった様子の何もかもが、一コマに色濃く描き出されている。
 こんなにいやらしい種付けセックスをした後に、紅様はいつも以上にエッチに仕上がってしまった体をひた隠しにしながら、何事も無かったかのようにステージに向かうのだ……。
「……あぁあ゛あ゛ぁ~~~~~!! 何やってるんだよぉ俺えぇええっ!!」
 最後まで読み終わった所で、俺は無駄打ちティッシュを投げ捨てて頭を抱えた。
 こんな作品絶対良くないと思ってたのに! 今日だってこれで最後にしようと思ってたのに! それどころか気持ちよくズリネタにしてイっちゃうとかバカじゃないの!? 完全にミイラ取りがミイラになってるじゃん!!
 ただ……その一方で、すごく気持ち良かった。とんでもなく満たされた。充実感と幸福感が体中を渦巻いている。いやいやダメだ。これで終わりにするんだ。せめぎ合う理性と本能の中で枕に顔を埋めるも、瞼の裏に浮かぶのはエッチな紅様の画像あれこれ。思春期男子って何でこんなにバカなんだろう。
(……紅様……可愛かったなぁ……)
 今しがたオカズにした痴態が、頭の中にシャボン玉のように浮かんでは消えていく。一発ヌいた疲労感が睡眠不足にトドメを刺して、徐々に意識が薄れていく。結局俺はオナニーの余韻を噛み締めながら、気持ちよく眠りに落ちてしまったのだった。
 
 
 それからというもの俺は煩悩に抗えず、まんまとエッチな紅様作品を読み漁るようになった。その、大きい声では言えないけど、主にオカズ的な意味で……。
 紅さんとお付き合いするようになってからAVを見る(見せられる)機会が増えたけど、二次元作品もそれに負けず劣らずエッチだ。というか全く違うベクトルの良さがある。そう、生身の人間ではない都合の良さ。擬音も喘ぎ声も汁気も好きなだけ盛れて、ちょっと無理がある設定もごり押し出来て、どんな場所もプレイも思いのまま。そして何より……現実では絶対にありえない、トップアイドルとしての紅さんの、あんな顔やこんな顔が見れてしまう。そう、紅様に特化したエロコンテンツが、二次元にはこんなにも溢れかえっていたのだ。もうダメだ。認める。俺はエッチな紅様も大好きです!!
 作品を見るうちに自然と造詣が深まったのだが、この手の男性同士の恋愛ものは「BL」という特に女性に人気の一大コンテンツで、その中でも実在の芸能人なんかを取り扱うセンシティブな作品は「ナマモノ」と呼ばれているらしい。本来なら健全なファンやご本人の目に触れないように検索除けが徹底されているはずのジャンルだが、何の因果か俺はたまたまそれを見つけてしまったのだ。
 界隈では、過去紅さんとコラボしたアーティストや、絡みのあった番組共演者、ファンの間では仲良しで有名なライブチームのメンバーさん等、ありとあらゆる組み合わせが日夜発信されている。当然中には紅さんが突っ込む側の作品もある、というよりむしろそっちの方が多いくらいだが、俺自身の性別が男だからだろうか。それとも突っ込む側の紅さんがカッコイイのは実体験でお腹いっぱい味わえるからだろうか。とにかく自身の願望も含めて紅さん右側を大いに推していきたい。あんなカッコイイのに受けっていうのがいいんです!! 偉い人にはそれが分からんのです!!
 だけど特定のお相手が居ると嫉妬の虫が疼いてしまうので、基本はモブべに一択。とはいえ魑魅魍魎はびこるモブ姦作品で、大好きな紅さんがあまりに痛そうだったり可哀想だったりするのは、例え創作物だとしても辛くて見ていられないので選択肢から除外。一番性癖に突き刺さるのは、ちょっと意地悪されつつプライドを摘み取られつつ、エッチな責めでグズグズに堕とされるくらいの絶妙な塩梅である。普段はあんな感じの紅さんが、おちんちんの気持ち良さに負けてとろっとろの雌顔になって、成す術もなくイかされちゃうのなんて最高にぐっとくる。
 最初はサイト上の創作物を楽しむだけだったのに、ついには我慢出来なくなって薄い本にまで手を出すようになった。ちなみに記念すべき初購入作品は、架空のKプロアイドル候補生ともにょもにょするシチュエーションのエロ同人だ。最初は童貞をナメまくって偉そうに手ほどきしてたのに、回を重ねるごとにメキメキ上達していくモブ候補生に戸惑って、最終的にはメロメロになってトロ甘恋人セックスをしちゃうっていう、序盤、中盤、終盤とスキがない展開。しかもしてやられ方があまりに紅さんっぽすぎる。モブさんの設定も含めてもはや俺のために描いてくれたのではないかと錯覚するくらいのシチュエーションだ。当然相手を自分に当てはめて楽しんでしまったのは言うまでもない。
 自分の欲求に正直になり、ナマモノBLを楽しむようになってからは、三次元の紅さんの前でも普通に振る舞う事が出来るようになった。とはいえ過激な物を見た後や、ドストライクな作品に浸ってしまった後などは、ちょっとだけ挙動不審にはなるけれど……。それでも以前のようにあからさまな態度を取る事はなくなったと思う。否定して見ないようにするよりも、認めて受け入れてしまった方が楽な事もあるんだなぁと、また一つ大人の階段を上った気がした。
 
 *
 
 さて、そんな誰にも言えない新たな趣味が当たり前になり始めたある日の事である。俺は紅さんの自宅マンションにお呼ばれしていた。先日断ってしまったご飯屋さんに紅さんが改めて連れて行ってくれて、そこから一緒に帰宅する運びとなったのだ。
「あー美味かった~」
「紅さん、その、良かったんですか? すごく高そうだったんですけど……」
「はいはい、子どもが変な気ぃ使わねぇの。こういう時は素直に喜んでおくのが可愛いんだぜ?」
 俺がお肉大好きだと知ってからというもの、紅さんはこうやって色んなお店に連れて行ってくれる。今日頂いたのもサシが綺麗で涙ぐむほど美味しいお肉だった。値段がどこにも書いてない上、紅さんがサクッとカードで払ってしまったので、結局どの程度なのかは分からずじまいだが、お店の雰囲気からして絶対めちゃくちゃ高いに決まってる。紅さんはいつも「出世払いでよろしく~」と言ってくれているので、アイドルとしてしっかり稼いでご飯をご馳走してあげるのも俺の目標の一つだ。
「で、ユキちゃん今日はどっちがいーい?」
 と、リビングに入ったタイミングで、悪戯っぽく目を細めた紅さんが徐に質問を投げて来た。その表情と今の状況から察するに、「どっち」とは、抱いて欲しいか抱きたいかという意味である。ワガママ俺様大魔王の紅さんは、普段は俺の事をなぁなぁでベッドに放り投げてぐっずぐずにメスイキさせたり、逆にどう考えても俺が食われている勢いでちんこを使われたりする事が多いのだが、どうやら本日は気まぐれに都合を聞いてくれるようだ。
 こんな機会はまたとない! 是非! 是非とも! 現実の紅さんで練習させて頂きたい!!
「う、上がいいですっ!!」
「おっ、元気なお返事大変結構~♡ じゃあ可愛いマセガキちゃんのために俺も一肌脱いじゃおっかな~♡」
 食い気味で返事をする俺を、にやにやと見下ろす紅さん。筆おろしして貰ってからしばらくが過ぎたが、まだまだ俺は紅さんのペースに飲まれながらも、どうにかこうにか気持ちよくなって貰おうと必死で頑張っている状態である。くっ……いつかあの同人誌みたいに……紅さんをトロトロエッチな雌顔にさせてやるんだっ……!!
「ほい、じゃあシャワー行っといで~」
 密かに闘志を燃やしながらも紅さんに促され、俺はひとまずバスルームへと向かったのだった。

 シャワーを終えて出てきてみれば、紅さんが何か雑誌のようなものをぱらぱらと捲っていた。
「紅さん、何見て……」
 と、言いながら近づきかけて、ハッキリと認識する前に俺の直感が働いた。さっと血の気が引くと同時に顔面に熱が登っていくという、相反する感覚が同時に襲って来る。そ、それ、まさか……!!
「んー?」
 煙草を指に挟んで紫煙を吐き、また一枚ぺらりと捲る紅さん。その場に立ち尽くして動けなくなっている俺に向かって目線を流し、それからにっこり微笑んで、手元の本を見開き一ページこちらに向かって見せつけてくる。
「ユキちゃん水臭ェなぁ~♡ こういうのがお好みなら言ってくれりゃあ良かったのに~♡」
 そこに描かれていたのは、エッチな擬音と喘ぎ声モリモリの中、紅さんが黒塗りモザイクおちんぽまみれにされながら、腰を掴まれてガンガン突き上げられているシーン。それは他でもない、俺が今日コンビニで受け取って帰ったら読もうと思っていたお気に入り作家さんの同人誌、「一●紅裏ファンミーティング、感謝の膣奥百本ノック」じゃないかーーーーー!!
「そ、そそそそそそれええッ!! な、なんでっ!? えっ!? なっ!? はあっ!?」
「何でも何も、ユキのカバンに入ってたんだぜ?」
「だからって!! 何で人のカバン勝手に開けてんすか!? あり得ないでしょ!!」
「そりゃこんな無防備にべローン置いてあったら開けてみたくなんだろ。俺の手癖の悪さナメんな?」
「自慢にならない事自慢しないで下さいっ!!」
 パニックのあまり自分の事を棚上げし、半ギレで手癖の悪さを糾弾し始める俺に対し、紅さんがくつくつと笑いながら近づいてくる。
「いや実はよぉ、最近ユキちゃんがな~んかコソコソしてっから? 浮気でもしてんじゃねぇかな~って心配してたのよ。だからちょっとスマホ見せてもらうつもりでカバン開けたんだけど……」
「ちょっ、見ないでっ! もう見ないで下さいっ!! ねぇ! ねぇってばあっ!!」
「まさかこ~んな面白いモンが出て来るたぁねぇ~♡ さすがに予想外だったぜ~♡」
 身長差を利用して俺には届かない位置まで本を掲げた紅さんが、内容をマジマジと眺めながらページを捲っていく。
 こんなエッチな本を隠し持っている事がバレてしまった上に、性癖をあばかれる羞恥心、そして何よりご本人を目の前にした後ろめたさ。もうどうしたらいいか分からなくて逃げ出したくなって、でも逃げる事も出来なくて、そんな事したってバレた事実は変わらないのに俺は紅さんから本を取り返そうと躍起になった。
「ねぇ! ねぇ紅さん! ごめんなさい! 違うの、俺、ちがくてぇ……!!」
 顔が熱い。恥ずかしい。死にたい。混乱しすぎて頭がクラクラして、目頭がつんと痛む。謝罪と言い訳が交互に口から零れ落ちる。
「え~? 何が違うの~? だってユキが持ってたんだぜ~?」
「それはっ……ちっ……ちが、うこと、ないけどっ! う……ごめん、なさいっ……おれっ……そんな本、持ってて、ごめん、なさいぃ……!!」
 目のふちに涙を溜めて縋りつきながら、必死に本を取り返そうとしていると、それを見下ろす瞳に幽かに嗜虐的な色が宿ったのを感じた。ぞくり。嫌な予感がする。紅さんの押してはいけないスイッチを押してしまった気がした。
「そうだよなぁ? 誰の許可得てこんなエロ本描いてんだろうなぁ? そんな本読んでるユキはワリィ子だよなぁ? どう落とし前つけてくれんの? ア?」
 紅さんは紙面を一度叩くと、俺の胸倉を掴んでソファに投げ倒した。その衝撃に驚く暇もなく、お腹にどっかりと馬乗りになられて身動きがとれなくなる。
「え~っと何々?『いつも応援してくれてありがとうございます♡ 今日は皆様におまんこファンサさせて下さい♡』って、あははっ、中々センスある言葉選びしてんじゃ~ん♡ ただ俺が言いそうかっつーとちょっとビミョーだな~。もうちょい捻りが欲しいよな~」
 台詞を音読されると、自分がどんな本を読んでいるのか改めて突きつけられた感じがして、さらに顔に熱が集まっていく。このまま頭が破裂してしまうんじゃないかと不安になる。
「ユキちゃんの性癖にお応えするために、セフレ集めてこれ再現してやろっか~? 目の前でこのシチュ通りにマワされてやるけど、ど~お?」
 張り付けたような笑顔でそう問われ、背筋が凍り付いた。いやだ。そんなの見たくない。確かに紅さんのエッチな絵を見てるけど、本も買ってるけど、あくまで事実無根の創作物だから楽しめているだけであって、俺は紅さんに実際にこんな事をして欲しいと思っているわけじゃない。
「や、やだ……」
「え? でもユキちゃんこういうの好きなんだろ? 事実こうやって本買うくらいなんだから」
「ちっ、違う! 違うんですっ! それはほんとにっ! 違うのぉっ……!!」
「だから何が違うの? 元服過ぎた年にもなって駄々こねてたって何も解決しねぇんだよなぁ?」
 紅さんの言葉尻はいつもよりずっと冷たくて、笑いも怒りもしない表情で傾げられた首の動きで、赤い髪がさらりと流れる。顔の動きがないと別人みたいに綺麗な造形で淡々と詰め寄られて、それは変に声を荒げられるよりもずっと怖かった。羞恥と恐怖のジェットコースターに俺のキャパシティはとっくにオーバーしてるけど、とにかく何か言わなければと思った。とにかく何か言わないと、泣いていたって絶対に解放して貰えないという確信があった。
「紅さんがっ、ほんとにぃ、ぐずっ、そんなことっ、するのは、っひっく、いやだけどぉっ! 見てると、おれっ、どうしても興奮しちゃってっ! 我慢、できなくてぇっ! でもっ、ぐすっ、本物の紅さんが、こんな事するのはヤダ! ヤダ! ごめんなさい紅さんっ、もう読みません! 絶対読みませんからあっ!! ひっく、ごめんなさい! ごめんなさいぃ……!!」
 自分の中の後ろめたい部分。絶対に見られたくなかったエッチな部分。それは紅さんだけじゃなくて、誰にも知られたくなかった部分。それを暴かれて突きつけられて、自分がどんなに恥ずかしくて下らない事をしていたのか客観視させられる。絶対幻滅された。紅さんの事傷つけた。怒らせた。それは羞恥というよりもはや絶望に近い感情で、声を発するうちにいよいよ涙が溢れて止まらなくなった。
「……ぶっ……」
 しかしそんな中、空気が漏れる音が緊迫感を打ち破る。
「あーーーーっはっはっはっは!! ごめんごめぇ~ん♡ ちょ~っといじめすぎちまったぁ~?」
 馬鹿笑いが部屋に木霊して、いつも通りの笑顔に戻った紅さんにわしわしと髪を掻き混ぜられる。一瞬何が起きたのか分からず、涙を零したままの瞳を瞬かせる俺。まるでペットを愛でるような手の動きに徐々に安堵感が広がっていき、それから状況を理解し始める。
 紅さん、怒ってない。俺、からかわれたんだ。
「……ぅ、う゛、あぁあぁ゛~~~~!! こわ、かったぁ!! ほんとに、くれないさんっ、すっごく怒ってると思ってえ゛ッ!! ひっ、ぐ、ぐずっ!! どうやって、ゆるしてもらえばいいかっ、ぐすっ、わからなくてえッ!!」
「ごめんて~。泣きべそユキちゃん可愛いから洒落で凄んでみただけのつもりだったけど、お子様にゃ刺激が強かったか~?」
 ホッとした途端、涙は止まるどころかさらに大粒になって零れ落ちる。楽しそうに笑いやがって、酷い、やりすぎだっていう気持ちが湧かなかったといえばウソになる。だけどその一方で、さすがにそれをどうこう言える筋合いもない事くらい分かる。だって今回の事に関しては間違いなく俺が悪いから。
 都合よく妄想されて、それをあたかも現実のように絵にされて、さらには何の断りもなく値段をつけて売られているのだ。こんなの本人が知ったらどんなに気持ち悪いだろう。怒られて当然だと思う。紅さんは冗談って言ってくれてるけど、それでもこうやって実際にリアクションを目の当たりにして、自分がどんなに最低な事をしていたか思い知らされた。
「……でもこんな本、普通に気持ち悪いですよね……ごめんなさい、ほんとにもう二度と……」
「え? 俺ァ全然気にしてねぇよ?」
 今度こそ心を入れ替えて、もう二度と買いません読みません。そう言おうとした矢先、あっけらかんとした声が聞こえてきて目が点になった。
「……へっ?」
「だってこういうのあんの元々知ってたし~、俺に何か実害があるわけでもねぇし~。皆様結局は俺の事が好きでやってるわけだろ? 結構結構、可愛いもんじゃ~ん♡」
 ……知ってた? 知ってたの……?
「それにユキちゃんが浮気してたらガチギレ案件だったけど、逆に俺への愛が募りすぎてこんな本まで買ってるなんて愛おしすぎか~? ま、人様の趣味にケチつける程野暮な事もねぇし、買うのも読むのもお好きにどーぞ。そんで面白そうなプレイあったらリアルでやろっぜ~♡」
 朗らかに語る紅さんに、一気に肩の力が抜けていく。だけどその一方で、洒落でも怖かったのにガチギレされたらどうなるんだろう……と、あらぬ方向の恐怖心で肝が冷えたのも事実だった。絶対に浮気だけはしないでおこう。いや、元々するつもりなんて無かったけど。
「たーだー……」
 そんな風に背筋を正していると、相変わらず俺に跨ったままの紅さんの手のひらが頬に滑ってきた。顎を撫でてから首筋へ下り、胸元へと。まるで指先で熱を宿すかのような、くすぐったくて意味深な動き。その動き一つでどきりと心臓が跳ねて、場の空気が一気に変わったのが分かった。
「こんな紙切れよりホンモノの方が万倍イイって事だけは……エロガキにし~っかり分からせとかねぇとなぁ……?」
 見上げる表情が艶っぽく変化して、声のトーンが一つ落ちる。瞳の奥に宿る妖しい色から目が離せなくなる。ゆっくり近づく顔と顔。香水の匂いと煙草の匂い。赤い髪のカーテンに閉じ込められて、その奥で、逃がさないぞとばかりに唇を奪われた。

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