小説

痴話喧嘩

letm_official
微エロ/守屋武蔵×朔宮月影

2018年4月にpixivに投稿したものです。武蔵君と月影さんの痴話喧嘩です。エッチの最中月影さんが突然心を閉じてしまって……。ほんのりエロです。

「抜いて下さい」
 
 甘ったるくて最高に気持ちいいセックスの最中、それもお互いかなりいい具合に盛り上がっていたさ中に、突然冷ややかな声音でそんな事を言われれば、誰だって固まってしまうだろう。
 
 当然武蔵だってそうだ。
 
「は、え・・・?」
「抜いて、下さい!」
 
 困惑したまま動けないでいると、もう一度、先程と同じセリフを語調も強めに発した月影によって肩を思いっきり押し戻される。その目には、明らかな怒りと後は僅かばかりの軽蔑ともとれる色が湛えられていた。
 
「な、なんすか!いきなりどうしたって・・・」
 
 とりあえず、ガラリと豹変した月影に気圧されて言われた通りに引き抜いたものの、理解が及ぶはずもない。納得出来ない態度に怒りすら感じつつもうあと一歩で達するという所まで昂っていた熱を持て余しながらまごついている間にも、月影は放り出された服を着こんで身支度を整えはじめている。背中から発される、話しかけるな構うなという空気が痛いぐらいだ。
 
 ちらりと、月影が武蔵を振り返った。普段は怒りを剥き出しにする事などない瞳が、相変わらず冷ややかで怒りを孕んだ色を伴って武蔵を射抜いている。
 
「帰ります。お邪魔しました」
「・・・・」
 
 口出しするのも憚られるプレッシャーに押し負けてしまい、武蔵は、去っていく月影を追う事が出来なかった。
 
 
 
 
 次の日なんて、そりゃあもう気まずいなんてモンじゃない。
 
「月影さん、おはよーございまーっす!」
「おはようございます紬さん。何だかご機嫌で」
「いやーもうね、注文してた新しい子供服が届いたんですけど、柚子に着せたらこれがガチ似合いで!大当たりだったんですよ~。写真見ます?見ます?」
「そうだったんですか。でも、柚子ちゃんみたいに可愛い子なら、何でも似合うんでしょうね。あ、写真、拝見しても?」
「もっちろんですよ~~~!ほらほら、見て下さいコレコレっ!」
 
 ハイテンションで娘自慢を繰り広げる親バカ全開な紬と、微笑まし気にそれに付き合う月影を視界の端に留めつつ、武蔵は黙々と始業の準備をこなしていた。表面上は。
 ただ、当然の如く、心中が穏やかなはずがない。月影が事務所に入ってきた途端に心臓がいつもの三割増しで脈拍しだし、しかしその一方で鉛玉が腹の底に居座っているような冴えない気分が強くなる。当然、書類なんか目にした所で一ミリだって頭に入ってくるはずがない。
 
 昨日あれから、電話をしてもメールを送っても返事は無かった。いっそ家まで行って謝ろうかとも思ったのだが、そこまでやるとさすがにストーカーじみている気がしたので止めた。
 そう、謝ろうと思ったのだ。あの後一人で頭を冷やして考えてみて、何故月影が激昂したのかが理解出来た気がしたから。
 
 あの時自分は、月影の薬指のリングに、キスをした。
 何故そうしたかなんて、さして深い理由や意味は無い。ただ言える事は、愛しい気持ちや幸せな気持ちが昂って辛抱たまらなくなった故の行動であって、彼の大事な何かに踏み込んだりだとか、ましてそれを汚したりだとか、そんな事をするつもりは微塵も無かったのだ。
 
 ただ結局、それは自分の独りよがりでしか無かった。当然だ。どう言い訳をした所で、結果的に、月影が大切にしている物を、他人がむやみやたらと触れてはいけない領域を、セックスの最中のいわば昂りなどに任せて荒らしてしまった事に変わりは無い。
 そういう事をする時に、指輪を外されない時点で自分は信頼されていたのだ。下世話で傲慢な話、今までの男と比べての優越感すら覚えていた。俺はお前らとは違うんだ。この人の特別なんだといい気になって。
 でもそんな風に慢心した結果、あの人から受けていた精一杯の信頼すら、裏切った。
 
 ・・・なんて無様で恰好悪い話なんだろうか。
 
 
「武蔵君、おはようございます」
「!!?」
 
 なんて、一人で感傷に浸って大きく溜息をついていた折、唐突に月影から声がかかったものだから武蔵は思いっきり肩を飛び跳ねさせた。
 恐る恐る顔を上げて表情を伺ってみれば、月影は武蔵の様子に小首を傾げるぐらいの感じでこちらを眺めていて、昨日のような怒りも侮蔑も、今の所浮かんでいない。
 
「お・・・おはよ、ございます・・・?」
 
 ケロリとした様子に、しばらく口もきいてもらえないんじゃないかと腹を括っていた武蔵は拍子抜けすると同時にさらに大混乱である。ぎこちなく挨拶を返して、さらにぎこちなく愛想笑いを浮かべてみれば、月影からもにこりと普通に微笑み返された。
 
 その後普通にデスクについて、普通に仕事を始めた月影を眺め、武蔵の頭の中が疑問符で埋め尽くされた事は言うまでも無かった。
 
 
 
 
 一瞬「まさかほとぼりが冷めた?」と思いそうになった。
 だがその後仕事をしていく上で、仕事に必要な事以外は全くといっていいほど話しかけてこない月影に、認識を改めた。
 公私混同はしないぞって事ですか。そうですか。仕事以外ではテメーなんかと関わりたくもねぇっていう意思表示ですかそうですか。紬とは仕事の合間に普通に世間話しちゃうクセに、当てつけかよこの野郎!!これならガン無視された方がまだマシだったわ!!
 
「なぁ武蔵・・・お前、月影さんと何かあったのかよ?」
「・・・あぁ?」
 
 で、最初は全く気付いていなかった紬も一日の仕事が終わる頃には、そこはかとなく漂うぎこちない空気に「あれ?おかしいぞ」と思い始め、月影が席を外した隙に武蔵に問い掛ける有様である。当然色々と心が折れまくっている武蔵は、これ以上ない不機嫌な「あぁ?」で受け応えた。
 しかしその後、自分が指輪にキスをした直後の、月影のあのなんとも言えない顔を思い出して・・・
 
「・・・何もねぇよ」
 
 結局は、自己嫌悪である。明らかに何かあるだろうという雰囲気の返しに紬はさらに問い詰めようとしたのだが、そこで女の勘が働いた。
 喧嘩したなこいつら。同チームの上司(武蔵に関しても一応立場的には上司)二人の、我の強さと本気で怒った時の怖さを知っている紬は、くわばらくわばらとそっとフェードアウトしたのだった。
 
 
 
 
 
「・・・月影さんッ!」
 
 事務仕事も終わり、後日の警護に関してのミーティングも終わり、事務所を後にしようとする道すがら、駐車場で武蔵は月影を呼び止めた。
 足を止め、振り返った月影は・・・仕事で関わった時とは全く違う、冷めた表情をしていた。それを見て武蔵の心がさらに軋んだ。
 
「ごめんなさい!俺、反省して・・・!!」
「何に関して謝っているんですか?」
 
 謝罪の言葉を紡ごうとした端から、硬質な声音でぴしゃりと遮られる。
 月影は口先だけの謝罪が大嫌いだ。相手が怒っているからとりあえず謝るなんていう態度は、火に油を注ぐだけ。自分は何をしたのか、相手は何を怒っているのか、何を反省すればいいのか、そこをしっかり考えた上での謝罪でないと、受け取って貰えない。
 十年来の付き合いで、武蔵もその部分は嫌という程理解していた。
 
 向き直った月影が、腕を組み、真っ直ぐじっと武蔵を見据える。それは月影らしからぬとても威圧的な態度ではあったが、武蔵にとっては、話を聞いてやってもいいと、ようやく与えられたチャンスでもあった。
 
「・・・月影さんの奥さんに、無断で触るような真似をしました。・・・その、よりによってセックスの最中に」
「・・・・」
「言い訳するつもりはありません。本当に、すみませんでした。一時の気分の盛り上がりなんかで、月影さんの大事にしてるモンを軽々しく扱った。間違いなく、俺が全部悪いです」
 
 真剣な顔で捲し立てた武蔵が、そこで勢いよく頭を下げた。
 
「すみませんでした!!!」
 
 コンクリートで覆われた駐車場に大きな謝罪の声が反響し、その後、しばしの沈黙が流れる。どういう反応が来るのだろうか、果たして許してもらえるのだろうか。まるで判決を待っているような気分で、武蔵は顔を上げられないでいた。
 
 す。と、小さく空気を吸い込む音が聞こえる。
 
「・・・女々しい、でしょう?」
 
 ぽつり。弱弱しい月影の声が、想像もしなかった言葉を紡ぐ。一体何を言い出したのか。武蔵は恐る恐る顔を上げた。
 
 月影は、先程とは打って変わって、泣きそうな表情でその場に立ち尽くしていた。まるで、自分が怒られでもしているかのように。
 
「・・・え・・・?」
 
 どういう事だと武蔵が目線で問うと、確固たる怒りを伴って武蔵を睨んでいた様子など無かったかのように、居心地悪げに視線を逸らしてしまう。その後、言葉が継がれた。
 
「もう、十年以上経つんですよ?それなのに、指輪に触られた程度でカッとなって、ムキになって・・・いつまで故人に執着しているんでしょうね。救いようが無い程女々しいって、そう思いませんか?」
 
 思いもよらぬ言葉に、武蔵は咄嗟に言葉が出て来なかった。その隙に月影が続ける。
 
「・・・謝罪の言葉は受け取りました。君の事は許します。あと・・・大人げない態度を取って、こちらこそ申し訳ありませんでした。・・・では」
 
 一度切なそうに目を伏せてから、会釈した月影が踵を返した。そこで武蔵ははっと我に返る。
 
 違う。こんな風になりたかったワケじゃない。こんな風に辛そうな顔で許されて、それらしい言葉で綺麗に纏められて、今回のいざこざはハイ終了。明日からは今まで通り仕事しましょうねなんて、そんなの。
 元に戻ったようで、戻っていない。
 
「俺はそんなアンタに惚れたんです!!」
 
 気付けば、大声で叫んでいた。
 
「あんたに言われる今の今まで、女々しいなんて考えはこれっぽっちも浮かばなかった!あんたの大切なモンを勝手に触ったから怒られるのは当然だって、そうとしか考えなかった!奥さんを・・・華菜さんをずっと大事に想ってるからアンタなんです!アンタはそれでいいんです!!」
 
 歩みを止めた月影の背中に向かって、必死に訴えかける。その言葉に、一つも嘘は無い。「それに」武蔵は続けた。
 
「俺だって、もしアンタが目の前で他の野郎に無遠慮に触られたりしたら、すっげぇムカつきます」
 
 月影を納得させたいという思いも勿論あったが、正直、一か八かの口説き文句だった。
 俺にとってあんたはそれぐらい大事な存在なんです。大好きな子を独占したいのは、男として当然なんです、と、伝えたかった。
 
 俯いてしまった月影に歩み寄って、武蔵は恐る恐る手を握った。抵抗は無い。
 
「・・・キスしても?」
 
 指と指を絡めて握り直しつつ問いかける。ちらりと顔を上げて武蔵の方を流し見た月影の目は、驚く程非難がましかった。
 だが、先程までの剣幕も、自己嫌悪も、そこには無かった。その事実に武蔵は、心底安心した。
 
「武蔵君、ここ、会社です」
「誰も来やしませんよ」
「そういう問題じゃありません。公共の場だと言っているんです」
「じゃあ、プライベートスペースなら問題無いんですよね?」
「・・・・」
「こっち来て」
 
 月影の手を引き、半ば引きずるように自分の車の方へと歩いて行く。鍵を開けて、後部座席に押し込んで、後ろ手に扉を閉めた瞬間にキスをした。
 
 最初は唇を触れるだけ。それからそっと舌を這わせて、抵抗が無いのを確認してから口内へと滑り込ませる。
 しばし月影はされるがままでそれを受けていたのだが、そのうちに、武蔵の首に手を回した。それを感じて、武蔵はホッと胸をなで下ろす。
 
(あー・・・幸せ・・・)
 
 完全なお許しの合図を噛みしめると共に、武蔵も、月影の腰に手を回したのだった。




ーーーーーーー以下、オマケーーーーーーー


 時間をかけた前戯で、心も体も緩んだ頃。

「武蔵、君、ごめんなさい・・・」

 月影が、ぽつりと謝罪の言葉を口にした。

「・・・?」

 一先ず手を休め疑問符を浮かべた武蔵に対して、居心地が悪そうにふいと目を逸らす。

「今回の事・・・武蔵君に悪気が無い事くらい、分かっていました。私が、勝手に怒って、勝手にだんまりを決め込んでいただけです。・・・すみません。気に入らない事があるなら直接言えば良いのに・・・改めて、大人げなかったな、と・・・」

 セックスの最中だとは思えない程生真面目に自らの行動を顧みる月影。喋り出しこそ真剣にその言葉を聞いていた武蔵であるが、段々と口角が緩み、そして最後にはぷっと噴き出してしまう。

「まさかずっとそんな難しい事考えてたんすか?えー?気持ちよくしたくてまぁまぁ気合入れてたのに、傷つくな~」
「そういうワケではなくて、その・・・ン・・・」

 すっかりいつもの調子に戻って、軽口を叩きながら昂りを押し当てる武蔵。これから起こる事への期待に、月影の表情が歪む。

「ん、ぁ・・・ふ♡あぁぁ・・・っ」

 柔らかく潤んだ場所をいよいよ広げられ、慣れ親しんだ快感に、一気に思考が霧散する。シーツに側頭部をすりつける月影の前髪を、武蔵がそっと掻き上げた。

「もういいでしょ。どっちが悪いとか悪くねぇとか。全部このセックスの前戯だったと思っときましょ。ね?」

 うっすら、瞼を持ち上げると、いつになく優しく笑う表情と目が合った。むず痒くて居心地が悪いと同時に、この状況下では堪らない心地にもさせられて、きゅっと、ナカを締め付けてしまう。それは武蔵にも伝わったようだ。嬉しそうに息を詰める音が降ってきた。

「・・・それに俺は、色々ままならなくて、面倒で、人間臭いアンタが好きなんです」

 だからもう、この話はここでお仕舞。そう言って全てを打ち切って、ゆるりと腰を使い出す。たっぷり解された蜜壺が、くちり、くちりと、気持ちよさげな音を立てた。

「あ、むさし、く・・・それ、いぃ♡きもち、ぃ・・・♡」
「うん。奥ゆっくりされんの、好きだもんな?」
「ん♡ぅ、ん♡んんっ♡」
「月影さんのイーイ声聞いてると、俺もすっげぇ気持ちいよ・・・」
「ぁっ♡はぁっ♡ああぁ・・・♡」

 リクエストに応じて、ついついいつもより割り増しで声を零してしまうのも、致し方ない事だろう。

 雨降って地固まる、という言葉があるように、喧嘩後の仲直りセックスは、なかなかどうして盛り上がるものなのだ。

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