小説

干支桃源郷物語

letm_official
BL/ユキ×紅/影縫/月影/武蔵

昔々ある所に、とても美しい龍の神様がおりました。真紅の髪をたくわえた角の立派な龍で、名を紅と言います。彼が治める干支の動物達が集まる桃源郷には「紅は人間の娘を生贄に寄越させて血肉を喰らっている」という噂がありました……。

第一話

 
 昔々ある所に、とても美しい龍の神様がおりました。真紅の髪をたくわえた角の立派な龍で、名を紅と言います。
 紅は干支の動物達が集まる桃源郷を治めています。とはいえ大人しく座しているのが苦手な性分で、桃源郷内どころか人里の方までふらりと出かけては、可愛い子にちょっかいをかけて遊ぶのが毎日の日課です。そんな自由気ままで好色な気質が玉にキズながらも、彼の統治下で動物達は皆幸せに暮らしておりました。
 
 さて本日も、煙管片手にお散歩する紅を、物陰からコッソリと眺める動物がいました。
「はぁ~~~~……紅さん今日もカッコイイ……」
 真っ白なウサギのユキです。ユキは紅に恋をしていました。しかし相手は桃源郷を治める龍神様です。一介のウサギであるユキは、こうやって遠くから眺めたり、お花や四葉のクローバーをプレゼントしたりするのが精一杯でした。
「……でも、紅は本当は怖いヤツだって噂だぞ。何でも裏では人間の娘をバリバリ食べてるとか……」
 そう言って眉をひそめるのは、ユキと仲良しの黒虎の影縫です。ウサギと虎。本来であれば「友達なのに美味しそう」案件ですが、影縫はとても大人しく、この桃源郷では食べ物に困る事もないため、ユキに対して食欲を抱いた事はありません。
「ええ? ホントかなぁ? 俺にはそういう風には見えないけど……」
 そもそもそれは紅に恋をするキッカケとなった出来事なのですが、ユキは寒くて凍えそうな冬の日に、紅の炎で助けて貰った事があったのです。その炎は優しくて温かくて心までぽかぽかして、怖い龍が生み出したものだなんてとても思えませんでした。
 ユキが渡した花も、紅は無下にする事なく毎回嬉しそうに食べてくれます。……ユキとしては髪飾りにでもして欲しいのですが、こればっかりは個人の好み。仕方ありません。紅は花は飾るのではなく食べる派なのです。
 たま~に冗談めかして床に誘われる事はありますが、何せ相手は引く手あまたの百戦錬磨。その言葉がどこまで本気なのか分からず反応に困ってしまうユキは、いつも照れて下を向くばかりでした。
「大体花を食べるっておかしいだろ。花は飾るものだろ普通。何でもかんでも食べてるからそんな思考になるんじゃないのか?」
「お前の彼女だってしょっちゅう草と間違えて花食ってるだろ!!」
「仁亜は草食だからセーフ」
「あっ、ずっけぇ!」
 そしてそんなかくかくしかじかを、頬を染めながら話してくるユキを見ていると、悪い男に友達が取られてしまいそうな気がして、影縫がちょっとだけイラついているのはナイショの話です。
「とにかくユキは誰でも簡単に信用しすぎなんだ」
「影縫が疑り深すぎんだよーだ」
「おーいお二人さん!」
 影縫がぺんぺんと尻尾を叩き、負けじとユキもやかましげに耳を振った所で、遠くから声が聞こえてきました。
 手を振りながらこちらに歩いてくるのは、犬の武蔵と、羊の月影です。二人は一緒に居る事が多いです。月影はおっとりしていて、しょっちゅう人間に毛を刈られそうになったり、ジンギスカンにされそうになったりしているので、武蔵が守ってあげているのです。桃源郷の治安を守るのは、武蔵を始めとした犬族の役割なのです。
「牛達がケーキ焼いてくれたんだ。お前らも来ねぇ?」
「えー! マジっすか!? 行く行く~!!」
「食べる」
 牛達が作るオヤツはどれも美味しく皆に大人気です。口論が始まりそうだったユキと影縫ですが、その知らせを聞いて一発で機嫌が直ってしまいました。ちなみに先にちらりと話題に上がった影縫の彼女というのが、牛族の仁亜です。牛と虎。本来ならば「恋人なのに美味しそう」案件ですが、以下略。
 そんなこんなで今日も桃源郷では、動物達が仲睦まじく平和に暮らしておりました。
 
 ◇

 さてそれから数日後の話です。ユキは桃源郷内のお花畑を訪れていました。隣には月影も一緒です。
「この茎にもう一本を巻き付けて、輪っかに通して……そうそう。お上手です」
「えへへ~。月影さんの教え方が上手いんすよ〜」
 月影から教わりつつ、ユキの手元では花冠が編まれています。無論紅にプレゼントするためのものです。花単体ではオヤツ判定されてしまいますが、冠の形をしていればさすがに食べはしないだろうと考えたのです。
 シロツメクサの冠は、少し素朴ではありますが、紅の赤い髪によく映える事でしょう。実際に被ってくれたその光景を想像して、ユキの口元も思わず綻びます。
 隣を見れば月影は、ユキに手順を説明しがてら、クローバーのみのこざっぱりとした冠を編んでいました。これならば、あまり華やかに飾り立てる趣味のない相手にも渡しやすそうです。
「月影さんは、武蔵さんにプレゼントっすか?」
「!」
 ふと浮かんだ考えをそのまま言葉に出してみれば、月影はどきりと肩を跳ねさせました。
「えっ、あの、そんなつもりは……武蔵君とは、そういうんじゃなくて……」
「またまた~。月影さんホントは人間ぶっ飛ばせるくせに、わざと毛刈られそうになってるの知ってますよ~」
「ユ、ユキ君!」
 赤面している所を見るに、どうやら図星のようです。
 月影はいつも自分を守ってくれる武蔵に好意を抱いているし、武蔵もまた然りです。
 ただ武蔵は面倒見がよく、桃源郷内の困り事やいざこざを解決してくれる頼れる存在として女の子に人気があるし、月影も月影で、優しくて綺麗なお姉さん(雄)なので、求婚に訪れる男が絶えません。そんな訳でお互いがお互いに遠慮してしまって今一歩踏み込めず、煮え切らない関係に留まっている状況でした。二人と仲の良い動物達全員が思っています。いいからお前らとっとと結婚しろ、と。
 とはいえ、もだもだしている関係性を傍から眺めるのも、それはそれで楽しく微笑ましいものです。ユキは余計な追撃をせず、せっせと冠を編む作業に戻りました。
 花冠作りは、一度段取りを理解してしまえば、後は同じ作業の繰り返しです。そして隣に居るのは癒し効果抜群の羊族。中でも特に月影の寝かし付けは秒で眠れると評判です。単純作業、羊族、温かくて心地いい陽気も相まって、段々とユキの瞼が重たくなり始め、頭がうつらとバランスを崩します。
 だめだめ、こんな事ではいけません。
「ねぇねぇ、月影さんも、紅さんの事、人間を食べる怖い龍だと思いますか?」
 眠気覚ましがてら、隣でクローバーの冠を編み続ける月影に、最近気になっている話題について問いかけます。ユキの疑問を受けて、月影は一瞬考える素振りを見せました。
「紅さんは……そうですね。とても聡明な方だと思いますよ。ただ……聡明であるが故に色んな事を見通せてしまって、それが傲慢さや、人間への蔑視に繋がっているような気もします」
 答えになっているような、なっていないような言葉を聞いて、ユキが首を捻ります。
「つまり?」
 難しそうな表情のユキに対して、月影は眉尻を下げて微笑みました。
「分からない、という事ですね。私も自分の目で見てはいないので。……生き物にも出来事にも、一つだけではない、色んな側面があるものです」
「……?」
 羊族は深く物事を考える種族です。月影の言っている事は、ユキにはいまいち理解が出来ませんでした。
 ただユキは「紅は怖い龍ではないよ」と言って欲しかったので、その返答にちょっとだけモヤモヤしてしまいました。

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