病める時も健やかなる時も
2019年5月にpixivに投稿したものです。影縫と仁亜ちゃんの結婚式の日の、月影さんと武蔵君。ちょっとだけ切なくて、じんわり心があったかくなるお話です。
両手一杯の引き出物を持った月影が、自宅ではなくコチラに帰宅してきた事に、武蔵は少し驚いた。
「早かったっすね」
「ええ。向こうのお友達と楽しそうにしているのを、邪魔をするのも憚られたものですから」
しかしそんな内心は表情には出さず、月影の荷物を片手分受け取った。小さく礼を述べた月影は、靴を脱ぎ、勝手知ったる様子でリビングの方へと歩いて行く。
この日のために、紬にわざわざ見繕ってもらったのだという、光沢のあるダークグレーのスーツを脱ごうともせず、祝いの品が詰め込まれた真っ白な袋を机に投げ出しソファに沈み込む。特に不快感が滲んでいるワケではないのだが、その表情は、どこか冴えないようにも感じた。少なくとも武蔵には。
「どうでした?」
本日早朝、まだ日も登っていない時間帯の始発で出かけて行った時には、確かに機嫌よく嬉しそうにしていたというのに、どうしたのだろうか。様々な事をまとめて詮索出来る便利な言葉で問いかけると、月影は武蔵の顔を見上げて、にこりと微笑んだ。いつも通りの笑顔に見えた。
「仁亜さん、綺麗でしたよ」
「……ふぅん。ま、元が美人ですからね」
「そうですよね。後、夜風君が人見知りするようになってて、抱っこしたら泣かれちゃいました」
「ははっ、月影さんてばカワイソー」
からかい交じりの武蔵の言葉に苦笑して、しかし月影はそれっきり、目線を机に並んだ引き出物の方へと戻してしまった。見るともなしにそちらを眺めている隣に、武蔵が腰を下す。
今日は、影縫と仁亜の、結婚式だった。
「……息子さんは?」
だというのに、花嫁と孫の話をしたっきり何も言わなくなってしまった月影に、少々ためらいつつも、問いかける。
すると月影は、また笑った。今度は、少し寂しそうだった。
「知らない間に、大きくなったなぁと思って」
「……」
自分は月影の事を、それなりに知っているつもりだ。仕事で居る時間が長い分、もしかしたらそれこそ、彼の息子以上に一緒に居たのかもしれない。
だからこそ、月影が今何を思っているのかも、その言葉の意味も、何となく理解出来てしまった気がした。
「ねぇ武蔵君、私はね」
「はい」
「出来る事ならもう一度、あの子の父親を、やり直したい気分ですよ」
「……」
「勝手ですよねぇ。全て今更なのに」
「……」
「ああ、親元を離れてしまったんだなぁって、何故か今日になって、痛感してしまって…」
武蔵が黙って聞くにつれて、段々と声音が弱弱しくなり、語尾が震える。
すん、と鼻を鳴らす音が聞こえた所で、それを誤魔化すようにして、月影が小さく声を出して笑った。
「年を取ると、涙腺が緩くなっていけません……」
ね。と、最後の言葉が紡がれるその前に顎を掬い、音を飲み込むように、キスをした。
たっぷり時間をかけて口内を貪って、唇を離すと同時に今度は、ネクタイに手をかけて解いていく。指と指を絡めて体重を掛けて、視線と仕草に、有無を言わせぬ誘致を込めて、事を進めた。
「なんで、いきなり」
「アンタの泣き顔に興奮しました」
半分本当だ。後の半分は、何だろう。
あまりの動機と物言いに、月影が、くっ、と喉を鳴らした。
「それ、結構最低ですよ……」
「かもな」
それっきり、まともな言葉は無かった。
* * *
特に何があったワケではないのだ。ただ。
知人友人仕事仲間。それらに囲まれて忙しなく祝われて、鬱陶しそうにあしらったりたまに余所行きのすまし顔で対応したり、その合間に妻や赤ん坊の相手をしたり、そんな息子の生活の中に、果たして今も、自分という人間は居るのだろうか。そんな事を考えてしまったのだ。
一般的な父親では居られなかった。他より随分寂しい思いをさせてしまった。それでも自分を父親だと認め、嫌わないでいてくれた彼であるが、矢張り知らぬ間に、家とは違う自分の居場所を作っていた。
もし、もしも、忙しさにかまけず、あと少しだけ
一緒に遊んであげていたら。学校の行事に顔を出していたら。夕食を共にしていたら。勉強を教えてあげていたら。頭を撫でてあげたら。抱きしめてあげたら。
もう少し自分は、彼の父親で居られたのだろうか。
この晴れの日に、相応しくない思考なのは自覚していた。だからこそ、式が終わると同時に、二次会の誘いを断って、逃げるように会場を後にした。
* * *
湿った水音を立てて、何度も何度も勢いよく打ち付けられる腰に、その衝撃とそこから来る苦痛と快感に、心もからだもばらけてしまいそうだ。
せわしない呼吸音と、みっともない自分の呻き声、ぼろぼろ零れる涙は、恐らく生理的なもののはず。
「あんたの、っ、泣き顔見てっと、さぁ」
意味を成さない動物じみた音の中、唐突に武蔵からかけられた言葉のせいで、僅かばかりまともな思考回路が戻ってきた。ちらりと、視線をそちらに寄越すと、やたら真剣な表情でこちらを見下ろす仏頂面と目が合った。情欲を孕んだその瞳に、下腹の奥がずきんと疼く。
「もっと、もっと、泣かせてやりたくなる……ッ」
「ッ、ア゛……!」
足を抱え込まれ、さらに深く穿たれ、潰れたような声が漏れた。
「泣きゃあいいんだよ! もっと泣けばいい! 腹のなかのもん全部出しちまえばいいんだ!」
「ひ、ぐっ、ア! あ! ああっ!!」
激しい性交と、ぶつけられる言葉の裏側には、感情を曝け出すのが苦手な月影への、彼なりの優しさが張り付いている。
だから、沢山涙を零した。思う存分泣いた。
後悔も、虚しさも、寂しさも、全部全部、そこに詰め込んだ。
* * *
「月影さーん、夜食出来ましたよ」
広いベッドを占領して布団に包まっている上司…今はただのパートナーに向かって、武蔵が声を掛ける。
しかし、眠りこけているワケではないはずの相手からは、微かな身じろぎが返ってきただけであった。出て来る気配は無い。
しょうがないなぁ、といった様子で、武蔵がわざとらしく溜息を吐いた。
普段は真面目な常識人の皮を被っているこの男が、まるで駄々をこねる子供のような態度を取って本性を晒してくるというのは、それだけ自分が信頼されている証拠なのだろう。悪い気はしない。
「まだ泣き足りないなら、いくらでもお手伝いしますけど~?」
冗談ぶってそんな事を言いながらベッドサイドにしゃがみこむと、鬱陶し気に「結構です」と返事をされた。こういう、ふとした瞬間の、ぶっきらぼうで抑揚の無い低音が、彼の息子とよく似ていると、何故か今、唐突にそう思った。
「月影さんて……」
「?」
「やっぱりアイツの父親ですよね。ソックリです」
半分布団に隠れた月影と顔をつきあわせて言うと、目元に少々の驚きが滲み、それからふい、と逸らされた。
「そんなの、言われた事無いです」
「そうですか?」
「華菜さんにソックリだとは、耳にタコが出来る程色んな人に言われましたけど」
「上っ面だけ見たヤツの言った事でしょ?」
「……」
「今、こーやって俺の前で油断してる月影さんの雰囲気、アイツにソックリですよ」
やぁっぱ、蛙の子は蛙。いや、蛙の親は蛙?なーんてね。
少しばかりおどけた調子で言う武蔵の言葉に、しばし月影は表情を変えずにいたのだが……そのうち、ふっと目元を緩めた。
こういう根競べというものは、得てして、先に相手のペースに飲まれた方が負けなのだ。
むくりと起き上がった月影が、髪を掻き回した。汗をかいてそのまま惰眠を貪っていたものだから、元からの癖毛に寝癖がついて、ぼさぼさと鳥巣のようになってしまっている。
「……ご飯、何ですか?」
「蕎麦です。天麩羅付きの」
「嬉しいです」
「そりゃあ、月影さんが喜ぶだろうなと思って、作りましたから」
「……」
「愛されてると思いません?」
「……そうかもしれませんね」
武蔵の軽口にほんの少し笑いを零して、月影がベッドを降りた。リビングの方へと歩いて行く後ろ姿に、武蔵も黙って着いて行く。
セックスの最中の昂りに任せて大泣きしてしまった居心地の悪さを誤魔化すのは、どうやら一先ず止めにしたようだった。いや、今更誤魔化すのもばかばかしくなったのか、どちらか。
そばつゆを温めて、茹でたばかりの蕎麦を入れ、天麩羅を盛った丼を二つ。一つをダイニングに腰かけている月影の前に置いて、自分はもう一つを持って、向かい合わせに座った。
手を合わせて小さく、いただきます、と言った月影は、それっきり黙って蕎麦に口をつけはじめた。武蔵は、向かいで黙って頬杖をついて、それを眺めている。
(無防備)
だな、と思った。
薄暗い寝室では分かり辛かったが、目元が赤くなっていた。普段の安定感はナリを潜めていて、気を抜くとどこかへ行ってしまいそうな錯覚を覚えた。ただ、きっとそれが彼の本来の性質なのだろうと思う。窮屈な安定よりも、奔放な不安定を好む人間なのだ。
そして何度も言うように、普段は「大人としてそれらしく」振る舞っている彼が、こうして自分の前では素を晒してくれる事に、優越感を覚えないといえば嘘になる。
「……何ですか?」
ともあれそんな事を考えているうちに、じろじろと食事を観察していたらしい。居心地の悪さを訴えるような月影の言葉に、武蔵はしばし、考えた。そして
「無防備な月影さん見てたら、またムラムラしてきました」
と、別に本気で思ってもいないが、あながちウソでも無い言葉で誤魔化した。当然月影はげんなりとした様子で視線を斜め下に流し、「帰ろうかな」と、ぼそり。それを聞いて、武蔵は慌てて冗談ですと弁明した。
「せめて今夜一晩は、ココに居て下さいよ」
「何故?」
「何故って……今月影さん帰したら、浮気されそうな気がするからです」
「こんな年寄りを相手にしたがる奇特な方、もう居ませんよ。何時も思う事なんですけど、君は贔屓目が過ぎます」
そんな事無い。と、ひっそり、心の中だけで反論した。
確かに自分は月影と長く共に居た分だけの情と、尊敬の念から来る好意を持ち合わせているのかもしれないが、それを抜きにしても、未だ月影にそれとなく色目を使う輩は多く。
相変わらず後生大事に身に着けている薬指のリングがあってもそうなのだから、それが無ければ本当に、自分は気が気でなかった事だろう。そういう意味では、彼の妻に感謝している。
「……もうセックスしなくていいなら、居ます」
なんて、またしても考えに耽りそうになった所で、月影が言った。そもそも武蔵とて、さすがに本気で致すつもりなど無かった(でもあわよくばと思ってしまう程度は、男として許して欲しいが)ので、当然ですと返す。
「でも、ハグとキスぐらいは、許容範囲ですよね?」
しかしさすがに、家に泊まっておきながら、寄るな触るなとまで言われてはこちらとしても不本意だ。身を乗り出して片手を掬い、お伺いを立てる。すると、「パートナーですし、好きにすればいいんじゃあないですか?」との答えが返ってきた。好きにしろとはなんとまあ、気風のいいお言葉である。
さらに顔を寄せ、言われた通り、自分の好きに口づけようとした所で…それを遮るように、無機質な機械音が部屋に鳴り響いた。
「……」
出所は、脱ぎ散らかしたスーツと共にソファの上に放置されていた、月影のスマートフォンであった。チッ、邪魔しやがって、なんて、無機物とその向こう側の相手に、声には出さず悪態をつく武蔵。一方月影は、大して気にした風でもなくその前からするりと抜けだして、スマートフォンを拾い上げていた。
液晶を見ると同時に、一瞬、月影の動きが止まった。が、それは本当に些細な変化であり、次の瞬間にはスマートフォンを耳に押し当て、もしもしと。「いつも通り」の声音であった。
通話のボリュームが大きくなっているのか、相手側の声が大きいのか、はたまたその両方か。何を言っているのかは聞き取れないまでも、電話口からざわざわと声が零れているのが、ダイニングテーブルに居る武蔵の耳にも聞いて取れた。月影は、先程の硬質にも思える様子とは打って変わって、一気に普段の柔らかい表情に戻って何やら楽しそうな様子で向こうの相手と話している。
「今日は本当におめでとうございます」「いきなり帰ってしまって、申し訳ありません」「本当に御綺麗でしたよ」なーんて……電話の相手が誰かなんて、聞かなくても、大体察せてしまった。
武蔵は月影に歩み寄り、了承も得ず半ば強引に、スマートフォンに顔を寄せた。月影が少々居心地悪げにしているのを気にも留めず、相手との会話を盗み聞きする。
滑り込んできたのは、自分も数回顔を合わせた事がある、今日はさぞ美しい花嫁になったのだろうという女性の声だった。
『でも月影さん、ホント大丈夫? 忙しい所、無理させちゃったかなと思って』
「いえ、違うんです」
『縫もね、あたしが何回電話してお礼言っとけって言っても、別に。だの、必要無いだろ。だの、愛想無い事ばっかり言って、もー話になんなくて』
「……」
そこでまた、月影の表情が曇ったのを、武蔵は見逃さなかった。と同時に、苛立ちすら覚えてしまう。部外者の自分が、そんな感情を抱いても仕方のない事だというのに。
「……男の子にとっての父親なんて、それぐらいで十分ですよ。愛想の無い子で苦労をかけるかもしれませんけど、これからも、仲良くしてあげて下さいね」
『まっ、今更なんだけどね。今度また、そっちに遊びに行ってもいいですか?』
「夜風君も連れてきて下さいね」
『当然です! っていうか夜風も、一丁前に人見知りして大泣きしちゃって、ごめんなさい』
「でもその分、自分たちに懐かれると可愛いものでしょう?」
『……えへへ~、ご名答』
なんて、とりとめのない会話の背後から、人の喧騒が聞こえて来る。恐らくまだ、今日という日を祝うために集まった人達がそこに居るのだろう。そして恐らく、彼の息子も。
仁亜、こっちで飲もうぜ。主役が何やってんだよ。なーんて、たまに野次が入りつつ会話は進み、そしてそのうち、じゃあ、これでと、通話が終わりそうな気配がした。終始それをすぐ傍で聞いていて、さらに月影の微妙な表情の変化を見ていた武蔵は、楽しげなはずの会話に何故か心がチクチク痛んでいた。こんなに冴えない気分の原因が、分かるような、分からないような。
『じゃあまた……え? 何? ちょっ……』
と、電話を切ろうという所になって、狼狽の声が聞こえた。それから雑音が混じって、電話が、誰かの手に渡る気配がする。
『……もしもし』
聞こえて来たのは、いけ好かない、恐らくこの苛立ちの原因となっている、「アイツ」の声だった。
「ぁ……今日は、本当におめでと」
『そういう他人行儀なの、いいから』
抑揚の無い声でバッサリと祝いの言葉を切り捨てて、それからしばし、沈黙が流れた。先に声を出したのは、影縫。
『何ですぐに帰ったんだ』
「……すみません」
『ゆっくり話す時間も無かった』
「……」
『俺は、あんたと久しぶりに会って、面と向かって話すの……』
そこで、少しの逡巡が感じられ、それから、ああもう、と向こうで小さく吐き捨てる気配があった。
『少し、楽しみにしてたのに』
『あ~、だから縫ちゃん、今日ずーっと機嫌悪かったワケね。このファザコンめ♪』
『ッ、煩いっ!』
茶々を入れて来た声は恐らく紅であろう。向こうの風景がありありと想像出来るようなやりとりだった。
そしてそれを聞いて…月影の表情が驚きに彩られ、その後少しずつ緩み、最後には笑っているような、でも少し泣いているような、そんな風に変化していったのを、武蔵が見逃すはずも無かった。
それを見て、ぐっと胸が詰まる程に……嫉妬した。
『もしかして、アイツに……武蔵に、早く帰れとか、言われてたんじゃないだろうな』
(言ってねぇよ。つか、アイツ呼ばわりしてんじゃねぇよガキ)
「そんな事言われてないよ。大丈夫」
『本当か? ……束縛されるような事があったらすぐ言え。俺がどうとでもしてやるから』
(しねぇよこのファザコンが! つーか結婚式の日に父親口説いてんじゃねぇよ!)
「……ありがとう」
クスクス笑いながら述べられた礼の言葉は、とても嬉しそうだった。
『……』
「……主役が、皆さんを放ったらかしてはいけないよ?」
『……また電話する』
「楽しみにしているから」
『じゃあ』
「うん、また」
電話が耳から離される。そのまま通話の終了ボタンをタップせず、月影は液晶画面を眺めていた。向こうでも、通話を終了していないのであろう。しばし、通話時間だけが、何の音もなくカウントされていた。
間もなくして、痺れを切らしたように、「通話が終了しました」の文字が。そこで月影がようやっと、スマートフォンをソファに放り投げた。
(……すっげぇ、ムカつく……!)
一連の流れを見ていた武蔵は、そりゃあもう、苛立ちやら嫉妬やら何やら…とにかくよく分からない感情のせいで、胸が沸騰したものである。
月影は、自分に何を言われても飄々としていて、自分が月影の事を一挙手一投足で振り回す事など、恐らくこの先一生無いのだろうと思う。
それが「アイツ」はと言えば、ほんの一言で月影の表情をここまで変えて、泣かせて、笑わせて、最後に幸せそうにさせて、まるで恋人同士でするような駆け引きすら、楽しませているではないか。
自分がいくらやっても、歯牙にもかけられないというのに。
「武蔵君」
でも
「…やっぱり、これで良かったみたいです」
先程までのどこか冴えない表情とは一変して、垂れ目を細めてふわりと笑う月影の表情を見た途端……馬鹿みたいに、今までの苛立ちや嫉妬が、霧散していってしまったのだ。
ああもう
(敵わねぇ)
心の中で両手をホールドアップして、そもそも立つ土俵が全く異なる相手と張り合うという無駄な思考回路を放棄して、武蔵もいつも通り、にやりと笑ったのだった。
「あんたが心配するまでもなく、息子がここまでファザコンになるぐらい、あんたはちゃんと父親だったって事っすね」
いけ好かない相手ではあるが、その一挙手一投足で、月影がここまで嬉しそうにするならば、幸せそうにするならば、それはそれで大いに結構だ。
武蔵の言い草を聞いて、月影がくすくすと肩を震わせる。
「じゃあ月影さん」
そんな月影に歩み寄り、鼻先を寄せて
「電話に邪魔されたヤツ」
「……はい」
柔らかくなった表情と、唇を触れ合わせた。
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも
精一杯愛し、敬い、慰め、助け、真心を尽くし育てる事が出来たのだと、自分自身ではとてもそうは思えなくとも
選択と失敗を繰り返し、全てが初めての出来事に翻弄されて
落としどころのない気持ちを抱えつつ、時に責任と命の重さに途方に暮れ
後悔や自責の気持ちを味わいながらも
それでもあなたは今日という日まで
立派に人の親を勤めてきたのです。