ブループリントシンデレラ
鍵のかかった扉
最終審査選出のお知らせ。
社長同席の下面接を行い、若干名を採用。
日程と会場は以下の通り……。
三次審査の選考結果を開いた手が、わなわなと震える。
「お……お、お、お、お母さんッッ!!!」
玄関先で靴とカバンを放り出して、一目散に台所へと走った。しかし、半ばパニックになっていたおかげで足がもつれ、バランスを崩し、そしてリビング前で派手にすっ転んだ。
「ちょっ……ええっ!? どうしたの大丈夫!?」
凄い音が鳴ったもんだから、ビックリしたお母さんが逆に駆け寄ってきた。おでこを打った気がするけど、でもそんな痛みなんて一切気にならない。
「紅に会える……!!」
涙ぐみながら顔を上げ、合格通知をかざすと、お母さんが丸く目を見開いた。
「合格したの!?」
「合格した!!」
「次は社長さんも来るの!?」
「来る!! 来るって書いてある!!」
「やったじゃないユキ!! 会えるよ!! 紅さんに!!」
「会えるうぅぅ~~~~~!!」
それは、事実上俺の夢が叶った瞬間だった。嬉しくてどうしようもなくて、顔をぐしゃぐしゃに歪めて大泣きした。
「ねぇユキ」
夢見心地で通知書類を眺めていると、お母さんが改まった様子で目の前に座り、声をかけてきた。
「……最後のオーディション行く前にさ、髪の色、元に戻さない?」
「……へ?」
予想もしていなかった提案をされ、呆けた返事を返してしまう。お母さんは優しく、でも少し不安そうに笑って、言葉を継いだ。
「お母さんね、その方が絶対ユキの素敵さが分かって貰えると思うんだ」
髪の色を戻す。そんな考え、頭の隅にも浮かばなかった。思いもよらない選択肢を提示された瞬間、お腹の底から沸いてきたのは、ヒヤリと臓腑が凍りつくような感覚だった。
絶対無理だ。出来るわけがない。
「……い、いいよ。俺……別に、アイドルになりたいわけじゃないし……紅に会えればそれでいいんだから……」
「ほんとに?」
お母さんが、やけに食い下がってくる。
「ユキは本当に、アイドルやってみたくないの?」
何でそんな事聞くんだろう。
やってみたくもないも、何も……俺なんかが、受かるわけ、ないじゃん。
「大丈夫だよ。どうせ受かんないし」
「何で?」
へらりと笑った俺の言葉に、でもそろそろ「そっか」って言うはずのお母さんが、この時だけは、いつになく真剣な様子で聞き返してきた。
「何で受からないって分かるの? こうやってユキは最終選考まで残ったんだよ? 凄い数の中から、何回も試験を通って、最後の何十人かに選ばれたんだよ? 何で受かるはずないって思うの?」
『何でそんなわけないって分かるんだよ』
真っ直ぐに俺の目を見て聞いてくる表情が、演劇の配役を決めたあの日のハヤト君の顔と重なった。
「ユキがそう思い込んでるだけだよね?」
『ユキがそういう事にしたいだけだろ?』
分かんない。
分かんないよ。
「ッ~~~~~とにかく!! 俺はこのままでいいのっ!! 紅に会えればいいんだからっ!!」
どう返事をしていいか分からなくなった俺は、乱暴に言葉を吐き出して逃げるようにその場を後にした。自分の部屋に駆け込んで、扉を背にして体を掻き抱く。
大丈夫。俺はアイドルになんてなりたくない。
紅に会えればそれでいい。それで十分だ。だってそれが目的だったもん。
受かるかもなんてそんな事、考えたくない。期待したくない。
……だって俺なんかが期待したって、どうせ肩透かしを食らうだけなんだから。
俺は、アイドルになりたいわけじゃない。俺は、紅に会えればそれでいい。合格通知を握りしめながら、何度も自分に言い聞かせた。