小説

ブループリントシンデレラ

letm_official

ただいま


 夢だったのかな。やっと静かになった帰りのタクシーの中で、呆けた頭のまま考える。今日起きた事全てが非現実的すぎて、一人になった今現在改めて振り返ってみると、狐につままれたとしか思えなかった。
 でも嘘みたいだけど、スマホのカメラロールには、さっきの衣装姿の俺と紅さんが並んだ写真が残されている。紅さんは衣装も何も着ていないのに、めかし込んでいる俺よりもずっと存在感があって、美しくて、様になって格好いい。この写真は、絶対一生の宝物になるだろう。ふふ。嬉しくなって頬が緩んだ。
(……まぁ……夢なら夢でいっか)
 もし今日一日の出来事全てが、神様が気まぐれに見せてくれた夢か幻だったとしても。
 例えこの写真が一晩寝たら消えていたとしても。
 明日からも結局、何も変わらず今まで通りの日常が続くとしても。
 俺はもう、大丈夫な気がする。
「はい、着きましたよ~」
「ありがとうございます」
 運転手さんにお金を渡して車を降りた。玄関前に立つと、リビングの方から、オレンジ色の優しい明かりが漏れ出しているのが分かった。きっとお母さんが、いつも通り晩御飯を作って帰りを待ってくれているんだろう。結果がどうあれ、優しく迎え入れる準備をしてくれているんだと思う。
 ドアノブに手をかけると、冷えた金属が指先を痺れさせた。それにビックリしたのを理由にして、一旦手を引いた。髪を触る。下を向く。もう一度ドアノブに手をかけて、また引っ込める。恥ずかしいような、気まずいような、何とも言い難い気持ちだ。
(どう説明しよう)
 この髪の事も、紅さんの事も、オーディションに合格した事も。濃厚すぎる一日のせいで、色んな情報が頭の中でこんがらがっている。とても説明なんて出来そうにない。
(……いいや、うまく説明出来なくても)
 結局そうとしか結論付けられなかった。
 はあっ。白い息を大きく吐き出す。意を決して、玄関の扉開いた。
 途端、ふわりと美味しそうな匂いが鼻孔を擽った。いつも学校から帰ってきたら香る匂いだ。優しい匂い。ホッとする匂い。いつもは当たり前のそれが、今日はなんだかすごく心に沁みた。非現実に翻弄されきった心に安堵感が広がっていった。
 ありがたいなぁと思った。
 ただいまの挨拶をするまでもなく、物音で帰宅に気付いたらしい。すぐにぱたぱたと足音が聞こえ、お母さんが玄関に顔を覗かせた。
「ユキ、おかえ……り……」
 笑顔で出迎えてくれたその表情が、みるみると驚きに変化していくのが分かった。
「……ただいま……」
「……ど……どうしたのその髪っ……!?」
 ぎこちなく愛想笑いを浮かべてただいまの挨拶をすると、お母さんが目を潤ませながら近づいてくる。
「えっと」
「うん」
「俺もまだ、よく分かってないんだけど」
「うん」
「紅さんに会って……オーディション合格して……その後ヘアサロンに連れてかれて……んと……とにかく色々あって……こうなった」
「……合格したの!?」
「うん……なんか、たぶん、したっぽい……。あっ、これ、見て」
 スマホを取り出して、さっきの写真を画面に映す。
「紅さんが、衣装着せてくれて、一緒に撮ってくれたの」
「……!!」
 画面と俺の顔を何度か見比べたお母さんは、その後感極まった様子で、思いっきり、俺を抱きしめてきた。
「……お母さんね、ユキの肌も目も、勿論髪の色も自慢だった。凄く綺麗だから。でもユキがそのせいで苦しんでるんだったら……そんな風に産んじゃってごめんって。普通の子と同じように産んであげられなくてごめんって。お母さんのせいでごめんって、ずっと思ってた」
 薄々は勘づいていた。俺が髪を染める度に、お母さんの心も傷つけてるんだろうなって。
 そして俺も、当てつけがましい思いがこれっぽっちも無かったと言えばウソになる。何でこんな風に産んだんだよって。お母さんのせいだって。心のどこかで思ってた。……最低な息子だと思う。
「でも……でも……お母さんやっぱり、ユキのその髪の色、大好きだよ。今の写真見て思ったの。その見た目で生まれて来たユキにしか出せない輝きが絶対にあるんだって。だから誇りに思って欲しい。ユキの色は綺麗だよ!」
 前まで聞こうともせず突っぱねていた言葉が、じんと体の中に広がっていった。思えばずっと、ずっとずっと、お母さんは俺のありのままを認めて、諦めずに同じ事を言い続けてくれていた。その愛情を受け取っていなかったのは、他でもない俺自身だ。
 今なら分かる。お母さんのせいじゃない。
「……今日、紅さんと会って分かったんだ。俺、今までずっと、誰かに甘えて逃げてただけなんだって。……俺もね、本当は……自分の肌も、髪も、目も、凄く大好きだった。お気に入りだった。でもだからこそ、人からからかわれて悲しくなった。ただそれはお母さんのせいじゃない。俺が自分を認める強さが無かっただけ。自分よりも、他の誰かを人生の基準にしちゃってただけ。ただそれだけなんだ」
 そう言って顔を上げる。目の前には、くしゃくしゃに泣いたお母さんの顔があった。
「お母さんがくれたこの色のおかげで、紅さんに見つけて貰えた」
 今度は俺が、お母さんの背中に手を回した。今まで守ってくれてありがとう。もう大丈夫。これからは自分で決めるよ。俺自身の足で立つよ。もう、誰のせいにもしないから。
「ありがとう」

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