小説

ネコ縫さんと仁亜ちゃん

letm_official

猫カフェってどんなとこ?


「仁亜、俺、アルバイトしたい」
 
 休日のうららかな昼下がり、突如放たれた愛猫からの一言に、自宅でマッタリと過ごしていた仁亜はぽかんと目を丸くした。
 
「……え、何で? 欲しいモンでもあるの? あんまり値が張るモンじゃなけりゃ買ってあげるけど」
 
 寝る事が仕事といっても過言ではないような「ネコ」という生き物が、仕事をしたいなどと言い出すなんて何事だ。しかもちゃんとした飼い主が居るのだから、あんたの仕事はおウチでまったりして飼い主を癒す事なのよ! と、仁亜は思っているし世間一般での常識もそれに準ずる。もしや何か欲しいモノが出来たのかと思って問いかけてみれば、「欲しいモノっていうか」との前置きが。どうやら物欲からの言葉ではないらしい。
 
「仁亜が仕事の日、日中ずーっと一人で、ヒマだし……」
「えー? あんた洗濯とか、掃除とか、ご飯の支度とか、色々してくれてるじゃないのよ。ヒマじゃないでしょ?」
「一人と一匹分なんて言う程の量じゃないだろ。早い時には午前中で終わるから、午後は丸々ヒマなんだ……何もする事無く一人でぽつんと家に居るって、案外寂しいモンだぞ?」
「う……。何だろう、帰りが遅い事を咎められてる気がする……」
「別に。会社の同僚とか友達とかと飲みに行って、夜遅くに酔っ払って帰ってきて、俺の事これっぽっちも構わないでそのままベッドに直行するのなんて、ゼンッゼン気にしてないけど」
「いやっ、めちゃめちゃ気にしてるじゃない! ごめんて! これからは控えるって!」
「……まぁ、今のは半分冗談だけど……とにかく、俺も外に出て仕事したり、色んなヤツと会ったりしてみたい。面白そうだし……」
 
 半分冗談って事は、半分本気だったのか。まるで女房が帰りの遅い飲んだくれ亭主を責めているような絵柄になってしまっていたのだが、それはさておきとして……
 
「でもさ~、バイトっつっても、犬猫雇う所なんてそう多くないわよ? アテ、ある?」
 
 イマイチ乗り気になれない仁亜は、雇用の問題を取り上げて影縫の気を削ごうとした。しかし返ってきたのは「大丈夫」とのお返事。影縫はどこからともなくぺらりと一枚の紙を取り出し、それを仁亜に見せつけた。
 
「見て、ピッタリの職場」
 
 そこには、木目調の店内写真と共に、可愛いネコちゃんの写真が目白押しにプリントされていた。脇にはドリンクメニューや料金が書かれていて、さらに右下に「ネコちゃんスタッフ募集中」の文字が。そう、所謂「猫カフェ」というヤツだ。
 
「……ここなら逆に、猫しか雇ってもらえないだろ?」
 
 少し得意げにしている縫ちゃんの言葉に、仁亜は一度、ふー。と、大きく溜息を吐いた。目を閉じ、心を落ち着かせ……ようとしたが、無理だった。眦を吊り上げビシィッと目の前の愛猫に指を突き付け、大きく息を吸いこんで言うには
 
「猫カフェなんて許すと思ったのかこのビッチがっ!!」
 
 ……である。思いもよらぬ罵倒に影縫さんは「!?」と驚愕の表情だ。しかしそれに構わず、怒りで興奮気味になった仁亜は続ける。
 
「あんた、あたし以外の人間にお愛想してゴロゴロ擦り寄るなんてどういうつもりよ! それにスタッフに可愛い雌猫が居たら、そっちに靡いちゃう可能性だって多分にあるでしょうが! あんたはあたしの愛猫なのよ! っつーかむしろ既にあたしの彼氏なのよ! そんな浮気の温床になりそうな不埒なお店、認めるワケにはいきませんっ!」
「……猫カフェにどんなイメージ持ってるんだお前……」
「あまーーい!! あんなもん、猫カフェとは名ばかりのキャバクラ兼ホストクラブでしょうが! 指名とるために同伴したり、ボトル入れさせるために枕営業したり、させられるかもしれないじゃない!!」
「カフェでボトルって何だ。一リットルパックのコーヒーの事か?」
 
 冷静さを欠いている上、独断と偏見による妄想が入ってしまっている。やたら的確なツッコミを入れた影縫は、ひとまず仁亜を落ち着かせようとどうどうと宥めにかかった。あれ? これって飼い主とペットの立場、逆じゃね?
 
「うぅ……こんな事言い出すなんて、縫はあたしに飽きたんだ……こんなに可愛がってやってるっていうのに、薄情者ぉッ!」
「!? 飽きるワケないだろ!」
「人間の女なんかより、同種の雌の方がいいに決まってるわよね! 職場で女漁りでもするつもりでしょ尻軽が!」
「何でそういう話になるんだ! いい加減にしろ!」
 
 心にも無い言いがかりをつけてくる仁亜に苛立ち、尻尾をバンバンと叩きつけながら応戦する。そこからは飽きた飽きない、好きだ嫌いだといった、中身の無いどーでもいい言い合いが始まってしまい、しばし二人でああ言えばこう言う状態で口論していたのだが……
 ある程度その状態を続けた後、ふと「これってバカらしくね?」と二人揃って一気に冷静になった。ぎゃあぎゃあと声を荒げる事に疲れたとも言う。半泣きになった仁亜が「酷い事言ってごめん」と謝り、それに対して影縫も「別にいいけど」と返し、ひとまず砂糖のかけ合いのような喧嘩は終息した。
 
「……そんなに心配なら、一回ここ、実際に行ってみないか? 家から割と近いし……。それで仁亜が店の様子を見て、それでもダメだって言うなら、素直に諦めるから」
「そうね。それが賢明よね。っていうかアタシ色々言ったけど、実は猫カフェなんて一回も行った事無かったわ」
「(でしょうね)」
 
 一番手っ取り早い影縫の提案を、感情を吐き出してスッキリしたらしい仁亜がアッサリと飲み込んで、二人はいざ、猫カフェへ!
 

◇ ◇ ◇

 
「やーん! 見て見て縫! この子超可愛い! ちょっと隣に並んでみなよ~、お似合いよ~」
「……」
 
 楽しんでるじゃん。
 
 キャリーバッグに影縫を入れて猫カフェにやってきた仁亜は、あれだけ批判していた猫カフェを、現在進行形でこれでもかと満喫しまくっていた。そのデレデレっぷりたるやすさまじく、まず店に入った途端、あちこちにコロンコロンと転がっている多種多様な可愛いニャンコに目を輝かせ、席についた途端「遊ぼうぜ」と足元にちょっかいをかけて来た子猫以上成猫未満の猫とひたすら猫じゃらしで楽しそうに遊び、猫用のオヤツを購入して、それを開封したと同時にぞろぞろと集合してくる猫達におしくらまんじゅうされて身悶え、そして今はアメリカンショートヘアーの雌猫を見つけてきて影縫の隣に並べ、絵になる様子を楽しんでいる。あれ、誰だっけ、「可愛い雌猫と浮気する気でしょ」とか何とか言ってた人。むしろ自分が率先して隣に並べちゃってますけど。
 
「あら、可愛い黒猫ちゃん。お名前は何ですか?」
「えへへー、影縫って言うんです。イケメンでしょ~?」
「影縫君かぁ、ふふ、美猫さんですね。それに毛並がすっごく綺麗! ウチのスタッフでもここまで綺麗な子は居ませんよ」
 
 そのうちスタッフ(人間)のお姉さんが寄ってきて影縫を褒めちぎるモンだから、うちの子超可愛い、世界一イケメン、と信じて疑っていない親バカは、そりゃあもうご機嫌である。そんな飼い主をしらーっと半眼で眺めていた影縫であったが、スタッフのお姉さんが頭をコチョコチョしてきたものだから、気持ちよくなって思わず目を細めてしまった。さすが猫カフェ勤め、なかなかの指使いである。
 
「こんな綺麗なネコちゃんがウチに来てくれたらいいのになぁ。今ウチね、ネコちゃんのスタッフ募集してるんですよ。どうです? 興味ありません?」
「あー、それがね、コイツがここの求人見て勤めてみたいって言ったもんだから、今日は見学に来たんですよ。ね、縫?」
 
 仁亜に話を振られ、影縫は「ニャッ」と歯切れよく返事をした。その通り!
 スタッフのお姉さんは目を輝かせ、「ホントに!?」と嬉しそうであった。仁亜の向かいに腰かけ、二人(今は一人と一匹)に向かって軽くお店の説明を始める程だった。
 
 見ての通り、スタッフのネコちゃん達を人型にさせる事はありません。お仕事だからって、寝ている子を無理矢理起こす事もしないし、人間と遊びなさいとか、人間にお愛想しなさいとも言いません。あ、お客様と一緒に遊びたいっていう子には好きにしてもらっていますけどね。あと、ストレスがかかりすぎないように、お客様にはネコちゃんにあまり触れすぎないようにお願いしていますし、守って頂けないお客様に対しては、私共人間のスタッフが注意をさせて頂いております。勿論スタッフのネコちゃんを店外に連れ出す事は禁止ですから、お客様とのやりとりのせいで飼い主さんとの関係を壊す、っていう事もありませんよ。あくまでおウチで寛いでいる感覚で、その一角に人間が出入りしていて、たまにちょっかいを出される、っていうイメージです。ある程度人間慣れしているネコちゃんだったら、無理なく勤められると思いますよ。勤めて頂ける場合、トリミング等に必要な支度金はこちらで用意致しますし、万が一通勤途中や勤めている最中に怪我をしたりしてしまっても、近所の動物病院と提携して迅速にサポート出来ますので、そちらもご安心下さいね。
 
 店に着いた当初から、勝手に持っていた猫カフェのイメージをぶち壊されていた仁亜であったが、店員の説明を聞いて「むしろ人間が勤めたいわ」と、その優良っぷりに感服していた。ただゴロゴロしているだけでお金を稼げる上に、サポートも充実しているなんて、素敵すぎる。
 
「猫カフェって、思った以上にちゃんとルールとか保障が設けられてるんですね」
 
 もっとこう、人型を悪用してヤマシー事させてるのかと。笑いながら自分の妄想を語った仁亜に、店員さんは「実際そういう所もあるんですよ」と眉根を寄せた。
 
「ペットの権利に関してはまだまだ法整備が未熟ですから、ワンちゃんネコちゃんを騙したり野良を誑かしたりして、売春まがいの事をさせてる所もあるんです。動物好きとしては、そういうのは許せませんよね」
「あー……ほら縫、聞いた? そういう所もあるんだってさ! あたしの忠告も間違ってなかったでしょ? 気をつけなさいよね~」
「(うわ、調子いい)」
 
 心配が杞憂ではないと分かった瞬間コレである。まるで子供に言い聞かせるように上から注意され、影縫はこっそり溜息を吐いたのだった。
 

◇ ◇ ◇

 
 結局仁亜も猫カフェを気に入り、あれよあれよという間に話は進み、ひとまず体験入店してみようかという事になり、その場で約束を取り付けた。(影縫に関してはずっと猫の状態であったが、仁亜とは大体の意志疎通ができるので問題は無かった)
 
 で、仁亜ときたら、家に帰ってからもあの子が可愛かっただのこの子がカッコよかっただの、猫スタッフの事を思い出して幸せの溜息を吐いているのだ。当初はあんなに酷い事を言っていたくせに、ステキな場所だと分かった瞬間にこの変わり身の早さである。
 延々と他の猫の話をされ、「猫カフェいいわ~」と夢見心地で言われ、最初は「良かった良かった」とアルバイトが認められた事も含めて喜んでいた影縫であったが、段々と、なーんか面白くない気分になっていた。大好きな飼い主が、体中に他の猫の残り香を纏わせて、幸せそうにソイツらの話をしているのだ。そりゃあいくら何でも嫉妬の虫が疼くというものだ。自分でも気づかぬうちに、尻尾が床を叩いてしまっている。
 
「あのほら、マンチカンのちょっとぺちゃ顔の子いたじゃない? あの子可愛かったわよね~、他にもさぁ、茶トラの……」
「仁亜」
「ん~?」
 
 延々と猫の話を続ける仁亜の言葉を、とうとう影縫が遮った。と同時に、隣に座っていた飼い主を少々乱暴にソファに縫い付けてしまう。いきなりの事に頭がついていかずぽかんとする仁亜の視界を支配したのは、不満そうに唇を尖らせている愛猫の顔。
 
「……猫ならここに居るけど」
 
 曰く、他のヤツの話なんかしてないで、俺の事を構え。そう宣言した影縫は、勢いよく、飼い主の口に噛みついた。
 
「! ん、ッ……ふ……」
 
 即座に舌を滑り込ませて、濃厚なディープキス。仁亜に何か言わせる隙も考えさせる隙も与えずに、隅から隅まで口内を蹂躙していく。突然の事で上手く酸素が吸えなくなっている仁亜が苦しそうにしていてもお構いなしだ。
 
「はっ……ちょ、いきなり何……」
 
 そして音を立ててキスを切り上げたかと思いきや、今度はすんすんと匂いを嗅ぎながら服をたくし上げ、舌を這わせていく。
 
「他の猫の匂いがする」
「あっ、ひ、ぁ♡」
「ココも、ココも、全部他のヤツの匂いがついてる。俺の匂い、付け直さないと……」
「ん、まって、待って、ってぇ……っ!♡」
 
 匂いを嗅ぎ始めてしまうと、さらにハッキリと、仁亜の全身のそこここから自分ではない猫の匂いが感じられた。こうなってしまうともう止まらない猫の本能が黙っていない。嫉妬に加え「やらなきゃ」という使命感のようなものによって、影縫のマーキングは一気にヒートアップした。
 耳、首筋、鎖骨、脇、肘、腕、手の指、胸、臍、腰骨、太腿、膝、ふくらはぎ、踝、足の指。ぺちゃぺちゃと音を立てて隅から隅まで丹念に舌で愛撫され、快感と羞恥に仁亜の理性はあっという間に陥落した。後は愛しい雄猫から与えられる刺激に身を任せて、びくびくと全身を震わせるだけ。
 
「ぁ、あ……ぁっ……♡」
 
 終わった頃にはもう、ソファに寝かしつけられたままくったりと体を弛緩させて、とどめを刺されないままに与えられ続けていた快感の余波に翻弄されるしかなかった。体の内側でぐるぐると満たされない熱が渦巻いて、手が、足が、腰が、小刻みに痙攣している。
 
「……最後に、ココも、付け直しとく……?」
「ぅ……♡」
 
 くちゅ。すっかり滑って柔らかく綻んでしまった場所に、昂りが押し当てられた。早くソレが欲しくて、仁亜は何度も首を縦に振る。マーキングなど、最早ただの口実にすぎなかった。こんな状態になってしまった以上、お互いがお互いを最後まで感じたくて堪らない。もう、止まるわけないじゃないか。
 
「っァ、あぁぁ……!♡」
 
 中を伺うように先端が押し進められ、その後は一気に根本まで。腹の奥に響く衝撃と快感に、仁亜の白い背中が弓なりにしなる。一瞬それだけでイくかと思った。焦れきったカラダには、それぐらい強烈な快感だった。
 
「やっと、俺だけのモノに、戻った……仁亜のからだ、ぜーんぶ……♡」
「ア♡ あァ♡ っ、ああっ♡」
 
 腰を使いながら、耳元で幸せそうに囁いてくる声に、頭の中まで侵されそう。ぐじゅぐじゅと中を擦っていく熱が最高に気持ちよくて、思考回路がぼやけていく。カラダの相性は、今まで経験したどの人間の男より、この愛猫とのモノが一番だ。
 
「ぬ、い、……すき、好き、ィ……!♡」
「……俺も、仁亜が大好き……食べちゃいたいぐらい……っ」
 
 言葉通りに、影縫の八重歯が仁亜の肩口に押し当てられた。カリッとそこを甘噛みしてからキツク吸い付いて、一瞬の痛みと引き換えに、赤い鬱血跡を残していく。
 
 それっきり、まともな言葉は紡がれない。お互いの荒い呼吸と、仁亜の嬌声と、肉がぶつかる音が響くだけ。
 
「あ、んんっ、ひ、ぁ、あああァっ!!♡」
 
 がりがりとソファを引っ掻く音と共に、仁亜が一層甲高く鳴き、首を仰け反らせた。腰をくねらせて、影縫を包み込んでいるナカが、びくびくと断続的に痙攣する。
 
「あ、ひ……ンンンっ! や、ら、待って、あ、無理、むりぃ、っ……!♡」
「ごめん……っ、も、ちょっと、だから……」
 
 さらに余韻に浸る暇も無く、絶頂を極めて一層過敏になっている部分を遠慮会釈なく擦り上げられ、生理的な涙がぽろぽろと零れ落ちる。過ぎた快感に呂律すら怪しくなり、身も世も無く喘ぎまくっていると、言葉通り、少しの間があった後に影縫が息を詰めた。
 
「っ、ぁ……――!!♡」
 
 どくどくと、熱い粘液が体内に吐き出された。ああ、妊娠してしまいそう、なんて。有りえない事を考えてしまうぐらい、愛おしかった。
 
 手を回して抱き合って、お互いの呼吸が落ち着いた所で、ふわりとキス。
 嫉妬から始まったマーキングえっちも、中々どうして、盛り上がったのであった。

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