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干支桃源郷物語番外編。龍と兎の子作りエッチ♡

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オマケの後日談

 涎を垂らしながら呑気にすやすや眠っていたユキを、控えめな物音が起床させた。
 眠たい目を擦りながら音の方に頭をもたげると、余所行きの着物を着こんだ紅が髪を結って身支度を整えている最中だった。
「紅さん!? 出かけるつもりですか!?」
 飛び起きたユキに向けて、紅は事も無げに「おう」と一言。
「何で!? 発情終わるまでは家に居てくれるって言ったのに!!」
「今日はちょっと人里の方で会合があんだよ。どうしても顔出さねぇわけにいかねぇの」
「ひ、人里って……」
 そもそも理性を失った人間の男が紅を手籠めにした前科がある。そんなケダモノの巣窟のような場所に、繁殖期の柔らかくて美味しそうな穴がついた状態の番を向かわせるなんて、看過できない由々しき事態である。
「だめだめだめー!! 絶対ダメに決まってるでしょっ!! 人間のモブおじさんにエロ同人みたいな事される未来が想像出来るうぅ……!!」
「あはっ、妄想逞しくて結構結構♡ 大丈夫だって。武蔵と縫ちゃんも一緒だからよ」
「あの二人が紅さんに対して良からぬ気持ちを抱かないとも限らないでしょ!?」
「いやあの二人に限ってそれはねーわ」
「じゃあ逆にあの二人も纏めてエロ同人みたいな事されるかもしれないでしょ!?」
「それはある」
「じゃあダメじゃないっすか!!!!」
 ユキは仰け反りながら頭を抱えた。いちいち言動が大袈裟で、見ていて飽きないのが小動物の良いところである。
「も~ユキちゃんってば心配性で可愛いな~♡ お尻尾モフモフしちゃ~う♡」
「うひっ!? もっ、もう止めて下さいっ!!」
 紅は、ユキの尻尾の丸っこくてポフポフした感触がお気に入りなのだ。普段も手慰みがてら着物の上から撫で回されたり、同衾する際など紅が眠りに落ちるまで延々とモフられる事もある。しかし何せお尻の割れ目の少し上の際どい部分。例え性的な手つきでないとはいえくすぐったくてモヤモヤしてしまうので、ユキとしてはいたずらに触るのは止めて欲しい部分ではある。
「だーいじょうぶだって。生贄騒動以来人間も心を入れ替えて大人しくしてんだろ?」
「まぁ……それはそうですけど‥…」
「それに頼もしいオトモも居る」
「…………」
「何より俺って最強だし~♡」
 紅の言い分を前に、ユキは複雑そうに唇を尖らせた。まぁ確かに、紅一人だけならいざ知らず、桃源郷ナンバーワン常識人……常識犬の武蔵と、最強隠密影縫様が付いているのであれば、滅多な事は起きないだろうが……。
「……夜までには帰ってきて下さいね?」
「善処するぜ♡」
 ぶすくれたユキの唇に、ちゅっと軽いキスが落とされた。
 
 
 
「お~っす、お二人さん息災かい?」
 紅が手を振る先には、帯刀した犬族の武蔵と、忍び装束に身を包んだ黒虎の影縫が待ちぼうけていた。当然のように待ち合わせ時刻に遅れて来る紅に対して、武蔵の非難がましいジト目が送られる。
「いいご身分だなお大臣。ここしばらく屋敷に引きこもりやがってよ」
「いや~悪ィ悪ィ。俺も引きこもりてぇわけじゃねぇんだけどよ~」
 武蔵の皮肉を全く気に留めない紅が、外の空気気持ちいい~! なんて呑気な背伸びを一つ。何せ発情が分かってからここ一週間ばかり、それこそ一歩も屋敷から出ていなかったのだ。元よりふらふらと遊び歩くのが大好きな紅にとっては異常事態。セックスという娯楽が無ければ死んでいたかもしれない。
 しかしご機嫌の紅が目の前に歩み寄ってきたその瞬間。武蔵が鼻筋に皺を刻み、露骨に嫌悪感をあらわにした。
「くッッ……さ!! 何だよその臭い!?」
 袖口で鼻を覆いつつ顔を背ける武蔵。紅がきょとんと目を丸くして、自らの臭いを確認した。
「え? 湯浴みはしてきたんだけど、なんか変な臭いする? 縫ちゃん、俺臭う~?」
「いつも通り煙草臭い。死ね」
「いや、煙草っつーか……何かすっげぇ甘ったるくて鼻につく臭いがする……! うえぇ……! 鼻がバカになりそうだ、あんま近寄んな!!」
「ねぇお前らほんとに俺のお供する気ある?」
 ナチュラル死ねを繰り出す影縫と、シッシと手を振って紅を遠ざける武蔵。勘違いされがちだが、紅は全生物にモテているわけではない。邪険に扱われても全くめげないだけなのだ。
 ともあれ、鼻の良い武蔵のみが騒いでいるだけで、影縫はさして感じ取っていないようなので、人間にとってはおそらく何も感じないようなものであろう。
「ま、いーや♡ いこーいこーぜゴーゴー♡ ついでになんか美味いモンでも食って帰ろ~♡ 可愛い子見かけたらユキに内緒でナンパしよ~ぜ~♡」
 久々の外出がよほど嬉しいらしく、足取りも軽く我先にと歩いていく紅。その後姿を、たっぷりと間を空けながら、信じられない物を見るような目線の武蔵が追いかけた。
「……え? お前マジで何も感じねぇの?」
 鼻をつまみながらの武蔵の問いに、影縫は無表情で小首をかしげて見せるだけだった。
 
 
 
 発情があってからというもの連日連夜ユキとの交尾に明け暮れて、今日も明け方までたっぷりとヤリ溜めセックスをしていたので、今現在紅自身の性欲は落ち着いている。
 ただ、毎日メスとして愛されている体は雄を誘う色香を撒き散らし、繁殖期の龍特有の妖艶な美しさはそれだけで人心を掻き乱した。
(龍神様、今日は一段とお美しい……というか、エロ……!!)
(唇ツヤツヤ……むしゃぶりつきたい……!!)
(何だこの甘くてクラクラする匂いは……!?)
(傍に居るだけでちんぽがめちゃくちゃイライラするぞ……!!)
 男達は紅に魅了され、着物の下で勝手にビンビンと勃起する雄マラを隠すのに一苦労だ。ただでさえ龍という種族は希少性も相まって他の生物からは魅力的に映るもの。会合は何事もなく終わったものの、全員が、このまま帰らせるのは勿体ないという気持ちに駆り立てられていた。
「あ、あのっ、龍神様! 実は町はずれに美味しい甘味処があるんです! 一度訪れてみませんか!?」
「ここだけの話、可愛い女の子が居る店を知っていて、龍神様だけに特別にお教えしますよ!」
 紅を何とか引き留めようと、男達は魅力的であろう誘い文句で興味をそそらせることに必死である。
 舐めるように全身を這い回る視線と、静かに肉棒を滾らせる雄の気配を敏感に感じ取ってしまう。今はユキと番っているものの、紅は元々好色で奔放な龍。自分を狙う雄達の気配にきゅんっ♡ と、繁殖期だけの特別な穴が反応し、浮気心がムクムク首を擡げてくる。
(ユキ以外のちんぽも……♡ コッチの口で味わってみてぇ……♡)
 この機を逃せば次の繁殖期はまた百年は先の話。暇を持て余し続けている先の長い一生の中、こんなに楽しくて気持ちいい一大イベントを逃す手はない。ユキには少し申し訳ない気もするが……。何、後で謝り、お仕置きセックスで死ぬ程抱きつぶされて独占欲を感じるのもまた一興だ。
「え~そこまで言うなら行っちゃおっか……」
「あ゛~~~~~もう無理!!」
 と、紅が誘いに乗ろうとした所を大声が遮った。出どころは、耳と尻尾を垂れさせて影縫の肩にしなだれかかる武蔵である。
「もう俺無理!! 頭ぐらぐらするし、鼻もきかなくなってるし、体ダリィし……。これ以上テメェに付き合うのは絶対無理だからな!!」
 会合中もずっと眉根を寄せて具合が悪そうにしていた彼は、じろりと恨みがましい視線を紅に向けた。暗に、寄り道などせず真っ直ぐ帰らせろと言っているのだろう。
「何だよ軟弱なワンちゃんだなぁ。犬族の沽券に関わるぜ~?」
「元はといえばテメェのそのくっせぇ匂いが原因なんだよ!!」
「あんま臭ェ臭ェ言われるといくら俺でも傷つくんだけど~?」
 しかしそこで紅はひらめいた。これはむしろ好機なのではないかと。
 いくらこの後もてなしを受けたとて、この生真面目な犬とユキ兎ちゃん大好き虎が目を光らせていては、人間の男共をおちおち誘惑も出来やしない。だが具合が悪くなった武蔵を影縫に介抱させるという名目で二人揃って帰らせれば、後は自分のやりたい放題、いやヤリたい放題パラダイスになる。こんな都合のいい状況、利用しない手はないだろうと。
「しゃーねぇ。じゃあ縫ちゃん、武蔵連れて先帰ってくれや」
「……は?」
 心の中はウッキウキで、しかしなるべく顔には出さず、紅は影縫に提案した。当然影縫からは訝し気な表情が返ってきた。
「武蔵の体調も心配だが、折角のご厚意を無下にすんのもよろしくねぇだろ~? なぁに今俺ァ人間さん方から何の恨みも買ってないから心配いらねぇよ。むしろこないだの詫びを入れる意味でも、テメェら俺の事をもっともてなしてぇんだろ? なぁ?」
 紅が目くばせしながら同意を促せば、もはや配下のようになってしまっている人間達はそろって首肯した。繁殖期だという事は知らされていないものの、紅に対しての目線や手つきで何となく男達の考えている事が分かってしまった影縫は、心底面倒くさそうに目を細めながら思考を巡らせた。
 そもそも今回の会合は、人間と干支の動物達が、これからも持ちつ持たれつ良い協力関係を築いて行きましょうねという意思交換会のようなものだった。さらに言うと人間達は生贄騒動で紅に濡れ衣を着せて無礼を働いた直後。本来なら人里全体を焼き払われてもおかしくない事態に対してお目溢しを貰っているのだ。例えばここで紅を置いて帰ったとして……まさかこの時期にさらに問題を重ねる命知らずも居ないだろう。影縫はそう結論づけた。なお、命に係わる事さえしなければ紅の貞操云々に関してはどうでもいいので考慮しないものとする。
「……まぁいい。ただその赤いのは一応うちの桃源郷のトップだ。無礼を働こうものなら……分かるな?」
 苦無をチラつかせながらの影縫の言葉に、人間達は青ざめながら首を上下に振りたくった。よろしい、とばかりに頷き武器を仕舞う影縫。影縫様最強説ここに極まれり。
「じゃあ紅、ユキが心配する前に帰れ。夜までに戻らなかったら二度と雌に求愛出来ない体にしてやるからそのつもりで」
「こっっっっっわ何その脅し!? ちょっと帰りが遅れただけで俺去勢されんの!?」
「お前の帰りが遅れる事自体はどうでもいいけど、ユキの傷ついた顔は見たくない。じゃあそういう事で」
 最後にさして興味が無さそうな表情で紅にも釘を刺し、影縫は武蔵を連れてその場を後にした。
「で、では龍神様、こちらに……」
 だが黒虎の牽制によって場が冷え切ったのは一瞬の事。すぐにそれはじんわりと熱を持った空気に変わり、思考を鈍らせる甘い香りで満たされた。男達が紅の手を取り、腰を引き、奥の部屋へと誘おうとする。先程まで食べ物や女で興味を引いていたというのに、そんな面倒な手順はすっ飛ばし、とにかくしっぽりとヤる事で頭がいっぱいになっているらしい。だがその様子は紅にとっても都合が良かった。むしろ紅が望んで周囲をそうさせているのだ。
「おう、丁重にもてなせよ?」
 今の自分は食欲を満たしたいわけでも、女を抱きたいわけでもないのだ。そんないつでも出来る事より、今しか味わえない快楽を思う存分楽しみたいだけだ。
 
 
 
 さてそれからしばらく後、武蔵と影縫の二頭は小川のほとりにある木陰で身を休めていた。というのも、途中で歩く事もままならない程に武蔵の体調が悪くなってしまったのだ。
「……どうしたんだ、らしくないな」
 冷たい水で濡らした手拭いを絞りながら、影縫は武蔵に視線を寄越した。真っ赤な顔で横たわる武蔵は、影縫の言葉にも答えず荒い呼吸を繰り返している。
(いっそ羊族を呼んで来るか……? いやでもさすがに、こんな状態で一人にさせるわけにも……)
 そうやって影縫が戸惑いながら考え込んでいると、武蔵がぼんやりと瞼を持ち上げた。萌黄色の瞳は揺れ動きながら影縫を捉え、手のひらが、縋り付くように首筋へと巻き付いてくる。いきなりの行動と項に回された体温の熱さに、影縫は目を丸くした。
「かげぬい……からだ、あちぃ……」
「っ、ちょ……!」
 引き寄せるように力を込められ、倒れ込みそうになった影縫が慌てて両手を地面につく。すぐそこに来た顔がさらに近づき、鼻先が擦れ、吐息に擽られ、その微細な刺激に背筋がゾクリと泡立つ。武蔵の熱の理由に、この時ようやく理解が及んだ。
「落ち着け! 何でだそんな時期じゃないだろ!!」
「違うけどっ……俺だって、意味、わかんねぇんだよぉ……!」
 明らかに発情している武蔵から身を離そうとするも、存外強い犬族の力で抱き留められ、重力も相まって逆に体が密着する。どくん、どくん。衣越しに伝わる心臓の鼓動。首筋を擦る髪。直に感じる体温の高さに、影縫の思考までクラクラと濁っていく。
(なん、で……!? 何で、俺まで……!?)
 戸惑いつつも、重く熱を持っていく自身の身体から逃れられない。だめだ、おかしい、そう思う思考とは裏腹に、二頭の手のひらは互いの体を弄り始めた。帯を解き、素肌の熱さを味わって、噛みつくようにキスをする。口角から零れる呼吸の荒さが、隠しようもなく情欲に飲み込まれている事実を告げていた。こんな場所で、いつ誰に見られるかも分からないというのに。
 それもこれも全て紅の発情による影響だった。百年単位のスパンがある龍の発情臭を、たかだか十年前後の寿命しか持たない一般的な動物が嗅ぐ機会などまず無い。普通に生きていれば知る事のないそれを嗅ぎ分けられず、武蔵はただただ不快な臭いとして騒ぎ立てていたのだ。
 一方影縫も、武蔵のように嗅覚で認識はしていなかったものの確実に影響は及んでいた。本日ずっと紅の傍に付いていた二頭はその匂いにあてられて、めでたく自分たちの周期や意思とは無関係の発情を迎えてしまったというわけだった。
 怒れば炎が上がり、発情があれば周囲も一緒に春になる。本人にその気がなくとも周りを巻き込んでしまうのが龍神というものなのだ。
「な、なぁ、ごめん……仁亜が、居るのに……っ」
「は? 今更何言ってるんだ……焚きつけたのはお前だろ」
 キスが途切れたタイミングで、僅かに罪悪感が首を擡げたらしい武蔵が影縫に謝罪した。こんな状況になってまで番の名前を出される事が煩わしいらしく、影縫が眉をひそめながら武蔵の膝を開かせる。
「へっ? 俺が、こっち側……ひぃっ!?♡」
「だからっ! 焚きつけたのはお前だろ!」
 自制しきれぬ情欲に苛立った様子の影縫に急所を握り込まれ、武蔵が声をひっくり返して身をすくめた。人差し指で亀頭を磨くと、たちまち先走り汁が溢れてくる。少々乱暴な手つきではあったが、今の武蔵は大喜びでそれを受け止めてしまった。眉を寄せて鼻にかかった喘ぎ声を零す様子を見ていると、影縫の興奮にも拍車がかかっていく。普段の眠たげな様子とは打って変わって、目に爛々とした光が宿り、口元には薄く笑みが浮かべたその顔つきは、本来の黒虎らしくどこか嗜虐的で美しい。
「弱い雄が強い雄に服従するのが自然の摂理。群れないと何も出来ない犬風情は大人しく組み敷かれておけ」
 平素なら腹立たしいはずの物言いが、今は甘い痺れと共に武蔵の背筋を震わせた。その瞬間、武蔵は目の前の相手に敵わない事を、本能的に理解してしまったのだった。
 
 
 
 幸い他の動物や人間に見つかる事もなく、熱を冷ました二頭は無事桃源郷へと帰宅した。そして影縫がおもむろに足を運んだのは、羊族の診療所である。中では羊のお医者さん月影が一人筆を取っていて、どうやら患者たちのカルテを整理しているらしかった。
「月影」
「うひえぇっ!?」
 音も気配もなくいきなり背後から声をかけられ、月影は全身をビクつかせて驚いた。心臓をおさえながら振り返り、そこに居るのが影縫だと分かると「もう止めて下さいよ」と眉尻を下げる。気配を消すのは影縫の癖のようなものなのだ。
「月影、ごめん」
「え? 何がですか?」
「お前より先に……いや、何でもない」
「え? え? 何がですか、ッ!?」
 唐突に謝られた月影が困惑していると、二人の眼前スレスレを何かが通り過ぎていった。ビイィィィイン……。上下に震えながら壁に突き刺さっているのは、犬族がいつも帯刀している刀である。月影は目を丸くして、そして影縫は無表情のまま、出所に視線をやった。
「おい影縫テメェ余計な事言うんじゃねぇぞッッ!!」
 そこには顔をユデダコにし、毛を逆立ててぎゃんぎゃん怒鳴る武蔵の姿があった。大股で二人に近づいた武蔵は、突き刺さった刀を抜き取り、そして影縫をぎろりと睨みつけた後、お行儀よく鞘に戻した。
「え、えっと……武蔵君、何があったんですか?」
「何でもねぇ!! 犬に噛まれたみたいなもんだっ!!」
「……犬なのに」
「うっせぇよ!!」
 月影と武蔵は、お互いに好意がありつつもお友達に留まっているという甘酸っぱい関係なのだ。そして知り合いの動物達全員がその事実を知りつつも生ぬるい目で二頭の動向を見守っている。影縫もその一頭であるため、図らずも武蔵と関係を持ってしまった事に対して月影に謝罪しておこうと思っての行動だった。
 武蔵が影縫の胸倉を引っ掴み、月影に背を向けてぎろりと睨みをきかせた。
「いいか? 月影さんに余計な事言ったらこっちだって仁亜にバラす」
「……お前が? 女相手に言えるか? 俺と交尾し」
「わーわーわーわーわー!! もう煩い黙れっっ!!」
 大声を上げながら影縫をガクガクと揺さぶる武蔵。ただその程度屁でもないらしく、影縫はされるがままである。
「あの……二人とも本当にどうしたんですか?」
 と、そんな二人の様子に戸惑いながら月影が再度声をかけた。好きな子の前で妙な取り乱し方をしている自分に気付いた武蔵は、はっとして慌てて影縫を解放した。
「……まぁいい。お前の男としての矜持を慮ってやる事にする」
 武蔵の威嚇には全く動じず、淡々と襟元を正す影縫。その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる風にも見えた。あれ? この黒虎もしかして二人の関係を突っつき回して面白がっている……?
「月影さん、マジで何でもないです。影縫の言う事は気にしないで下さい。それよりもう暗くなるんで、家まで送ります」
「え、えぇ……それは、まぁ、お二人が楽しいなら何よりですけど……。でも武蔵君、刀を投げるのはいけませんよ。いくらコントロールが良くても危ないんですから」
「すみません。以後気をつけます」
 ごもっともなツッコミを入れている月影と、月影の言葉に対しては素直に謝る武蔵の声を聞きながら、影縫は診療所を後にした。武蔵の言う通り空はオレンジから紫のグラデーションになっていて、もう間もなく夜の帳が下りるだろう。
「おぅい、縫~」
 そこで向こう側から影縫を呼ぶ声があった。手を振りながら歩いてくるのは、影縫の番の牛さん仁亜である。彼女は困った表情で、豊満な胸を持ち上げるように腕を組んだ。
「ユキがさ~、紅が帰ってこないってぶすくれてんのよ」
「あいつまだ戻らないのか」
「あんたと武蔵がついてたんでしょ? どうなってんの?」
「俺は具合が悪くなった武蔵を連れて帰るように、紅直々に頼まれた。その後の事はアイツの自己責任だ」
「は!? それで紅一人置いてきたわけ!? この間の事もあるしさすがに不用心じゃない? 腹かっ捌かれて売られてたらどうすんの?」
「生贄騒動が記憶に新しいこの時期にそんな事をする程人間もバカじゃない。そもそもあの妙な縄を取り締まった時点で、腹を掻っ捌く前に全員消し炭だろ」
「……まぁ、それはそうかもしれないけど……」
 けろりとした様子の番に、仁亜がこめかみを押さえる。彼女は紅の繁殖期を、図らずも知ってしまっている側だからだ。貞操に関しての心配もさることながら、あの好色龍の事、人里で何をしでかすか分からないと考えており、またそれでユキが傷つく事も案じていた。
「ただ……ユキを心配させるなとは言っておいたはずだからな。その件に関しては俺の方で紅をシメておく」
「えっ? う、うん、程々にね……」
 しかしその後すぐ影縫が目を座らせてそんな事を言い出すものだから、仁亜はむしろ紅に対して心の中で合掌した。この番はユキについては何かと過激な所がある。
「……女がこんな時間に出歩くものじゃない。帰るぞ」
 若干引き気味の仁亜を促し影縫が歩き出す。素っ気ないながらもどうやら心配してくれているらしいその一言が嬉しくて、紅の事はすぐにまぁいいかと思えてしまう。仁亜は影縫の、何も気にしていなさそうに見えてちゃんと優しさを持ち合わせている所が好きなのだ。
 夕闇が広がり始めた桃源郷で、二人は仲良く並んで帰路についた。
 
 
 
 とっぷりと日も暮れた頃になって、紅は沢山の土産物と共にようやく桃源郷に戻ってきた。縁側で膝を抱えて帰りを待っていたユキは、にこにこと笑ってご機嫌なその姿に恨みがましい視線を向けた。
「紅さん遅いです」
「ユキちゃんたでぇま~♡ いやぁよぉ、ちょっと美味いメシご馳走になっちまってさぁ~」
 はいこれお土産。と、饅頭の包みを渡す紅。しかしその程度ではユキのご機嫌は直らない。
「何で影縫と武蔵さんと一緒に帰らなかったんすか?」
「え? だって武蔵が具合悪くなって縫ちゃんと先帰ったの、お前知らねぇの?」
「……」
 勿論ユキだってその事は知っている。ただそれならそれで、紅も二人と一緒に早めに帰宅すればいいだけの話ではないのだろうか。唇を尖らせて無言の反論を送るユキを横目に、紅は縁側から直接部屋へと上がった。
「ま、ニンゲンを邪険にしすぎずお付き合いするのも大事ってコトで~♡」
 羽織を脱ぐと、甘い発情臭に混ざって複数の雄の匂いが撒き散らされた。すぐにその不快な臭いを嗅ぎつけたユキが、苛立った表情で紅に詰め寄る。
「……わざと俺を嫉妬させようとしてるでしょ?」
「……あはっ♡ 気づいちゃった~?」
 舌を突き出しながら三日月形に目を細めた紅が、するりと着物をはだければ、肌のあちこちに情交の名残を思わせる痕跡が散らばっていた。いよいよカッとなり、ユキは問答無用で紅をその場に押し倒した。兎の力などどうという事はないはずなのに、紅の体はされるがままに仰向けに倒れていった。
「ま、起こっちまった事はしょーがねぇ。約束守れなかったのは謝るぜ♡ さぁという訳で……余所の男の匂いぷんぷんさせながら帰ってきた番に、ユキちゃんは今からナニをどうしたいのかな~?」
 紅は反省などしていない。独占欲を材料におちょくられているのが伝わってくる。腹立たしい。約束してくれたのに。何で守ってくれないんだ。こんなに大好きなのに!! ユキの心が怒りと嫉妬でぐちゃぐちゃになった。
 だが……そんな気質に言及する事はそもそも無意味なのだ。紅は自分を愛でてくれてはいるが、一方で自分は紅にとって取るに足らない存在である事もよく分かっている。自分が何を抗議した所で、そんなものは右から左へ流れていき、口先だけの返事であしらわれて、すぐ無かった事になるのだろう。だとしたら
「今度こそ、発情が終わるまで絶対に屋敷から出しません。……手足縛って、柱に括りつけてでも」
「……ふふっ♡ 燃えるねぇ~♡ そういうトコ、最高に好みだぜ♡」
 自分に出来るのは、この龍の趣向に乗っかる事だけなのだ。

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